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第6話「口にできない人参の桂剥き」

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 この文章には「グロテスクな描写⚠」などが含まれています。


 俺はクラースが眠っているのを確認すると、そーっと音をたてないように家を出た。ぼろい戸はどうしても音が鳴ってしょうがない。
 クラースの家に泊まってから、なんだかんだで七日が経った。
 世間では予想通り、俺は黄泉蔵を探索中に事故で死んだことになっている。
 クラースには、カチカチの存続に関わる重要な任務のため、俺は死んだことにして隠密活動をしていると言ってある。両親もまだ帰らないらしいし、もうしばらくはなんとかなるだろう。
 それよりもだ。ルクスのヤツ、俺のことを殺しておいて――実際には生きているのだが――不幸な事故だったなどと言っているのも許せないが、揚げ句あいつは目を疑うような報告をしたのだ。
 なんと、ルクスとルチアが結婚するというのだ。その報せを読んだ時、俺は目の前が見えなくなって気を失うかと思った。
 俺の事故死がある前から結婚する予定だったから、とても悩んで話し合ったけれど、悲しい出来事に沈み切ってしまわないよう、延期せずに結婚を決めたなどともっともらしいことが書いてあった。
 クラースの話では、国民たちも大多数は理解を示して二人を祝福しているというのだから、余計に腹が立つ。許せない。許してはならない。
 そもそも、ルチアは俺のことが好きだったんだ。直接言われてはないけど、長年一緒にいた幼馴染だ。なんとなく態度でわかった。ルチアだけは昔からずっと、俺に優しかったんだ。
 もしかするとルクスは、ルチアをものにするために俺を殺すことにしたのかもしれない。そう思うと、余計に許せなかった。
 ルクスめ……。ルクスめ……! 許せない……。許してなるものか!
「はぁっ、はぁっ……」
 荒くなる息を抑えて、俺は暗い夜道を星明かりだけを頼りに歩いた。
 この七日、俺は何もせずにただあいつらを憎んでいたのではない。
 今日、ついに俺は復讐の幕を、この憎しみの炎で焼き尽くし、開幕させるのだ。そのための準備は万端だ。
「ふっ、ふふふっ、ふっ。はっ」
 俺はあふれる笑いを噛み殺し、ルクスたちの眠る西洋館へと向かった。

     *

「……」
 小高く切り立った草原くさはらから、灯りの消えた西洋館を見下ろしていた俺は振り返る。
「まさか生きていたとはなぁ」
「……」
 そこには、黒装束に身を包んだイグニスが立っていた。
「散々俺たちのことを嗅ぎまわっていたんだ。知っているだろう。ルクスとルチアは邪魔者のお前がいなくなって、やっと幸せになれたんだ。邪魔はさせん」
 イグニスが白々しい真っ黒な建前を吐いてクナイを構える。
「やはり、直接とどめをさしておけばよかったよ。……そうだ。遺言くらいは聞いてやろうか」
「……」
「フッ。何も言うことはないか。いいだろう。死ね!」
 イグニスが投げた三本のクナイは、俺の首、胸、腹に深々と突き刺さった。
「呆気な……?」
 クナイがぼとり、ぼとりと地面に落ちる。
 俺の体には傷一つない。
「やめた方がいいぞ、イグニス……」
 俺はそう言うと、近くに一本だけ生えていた木の根元、その裏に隠しておいた鉄のカゴを持ち上げ、イグニスに向かって放った。
「……」
 イグニスは無言でカゴに近づき、クナイを籠手に擦って火を灯す。
「ノブスマ? 一匹は、死んでいる、のか?」
「もっとよく見てみろよ。お前の目は節穴か?」
 俺に言われた通り、ノブスマをよく確認したイグニスは鼻で笑った。いちいちしゃくに障る奴だ。
「これがどうした? あらかたお前の悪趣味な呪い、じゃなくてデバフだったか? ハンッ。それでお前の傷をこのノブスマに移したのだろう? もう一匹いるな。他にもいるのか? 構わないさ。もののけが尽きるまでお前を殺すだけだ。もののけ退治といこうじゃないか」
 そう言ってクナイの火を消したかと思うと、一瞬で両手に三本ずつクナイを出しイグニスが構える。はっ。その曲芸だけは褒めてやるよイグニスゥ!
「本当にいいのかな?」
 イグニスが眉をひそめるのがわかる。暗くてよく見えなくとも、お前の憎い顔は俺の脳裏にこびりついているから、手にとるように想像できるぞイグニスぅ。
「俺がこの数日、何もせずにいたと思うか」
 そう言って俺は足元のクナイを拾い上げ、呪いを込めて粉々に握りつぶした。
「っ……?!」
「いい顔だぁ、イグニスぅ。なぁ。俺はこれでも感謝してるんだぜ。お前たちが俺を殺そうとしてくれたお陰で、その憎しみで、恨みで、怒りで、俺はこんなに強くなれたんだからなぁ、イグニスぅ」
 俺はさらにもう一本、クナイを拾い上げて俺の力を見せてやる。思い出すぜ。お前が俺を、雄々しい雄々しい男の子だなんて馬鹿にしやがった日々をなァ!
「ほらぁ、見てみろよイグニスぅ。お前が馬鹿にした非力な俺はもういない。呪いの力だけでこんなことまで出来るようになったんだ」
「……だから、なんだ」
「そんなこともわからないのかぁ、イグニスはぁ。馬鹿だなぁ。お前の頭は空っぽかぁ、イグニスぅ。義賊だぁ? 弱い者の味方だぁ? そんなこと言われたって、所詮は盗人ぬすっとだもんなぁ? 人のものを盗るしか脳のない空っぽの泥棒がぁ! 少しはそのない頭を使って自分で考えてみたらどうだ? え? これだけの力を手に入れて、俺が傷を移せるのが近くにいるもののけだけだと思うか? なぁ」
 そう言って俺はイグニスに背を向け、夜闇で塗りつぶされたここからのいい眺めを手で示した。
「カチカチには、お前とおんなじように俺を侮辱したムカつく奴らがたくさんいたなぁ……」
 そう言ってから、俺はイグニスを振り返って思わず笑いをこぼす。
「はぁ~」
「アモール……、貴様……」
「やってみろよぉ、イグニスぅ。ほらぁ。ほらぁ!」
 俺はそう叫ぶと足元に残る最後のクナイを拾い上げ、俺のノドをかき切った。
「っ!」
「はぁ……、いい顔だぁ。でも安心しろ。まだ違う。今死んだのは、もう一匹のノブスマさ。でもなぁ、そのノブスマには呪いをかけてたんだ。俺が攻撃を受けることで発動する呪いがなぁ」
「っ?!」
 イグニスが素早く飛び退く。その次の瞬間、巨大な拳が、一瞬前までイグニスがいた大地に打ち下ろされる。
「……ドッ、ドッ、ドコ? カク、レン、ボ?」
「もののけ……?」
 ――カエリオニだ。
 わざと稚拙かつ強力な呪術を組んで、その呪いを死んでしまったノブスマに向け、カエリオニを生み出したんだ。もちろん、俺にかえってこないように対策もしてある。あのカエリオニは、呪うべき相手を見つけるまで無差別に目の前の生物を襲う。
「お前の相手はそいつで十分だ」
「……コイツは殺していいんだな?」
「ぁあ?」
 刹那、イグニスが素早く何本かのクナイを投げた。それらはカエリオニの周囲を囲うように投げられたかと思うと、あっという間に火柱を噴射させ、たちまち炎がカエリオニを呑み込んだ。
「で、次は――?!」
 イグニスが跳ぶ。その脚を掴もうと、大地に伸びた腕が右往左往する。
「俺を馬鹿にしすぎじゃないかぁ、イグニスぅ?」
 燃え盛る炎の中で倒れていたカエリオニが、体のあちらこちらに炎を灯して立ち上がる。
「ドッ、ドッ、ドコ? ドッ、ドッ、ドコォ?」
 うなるような剛腕の追撃をすんででかわしたイグニスは、クナイをカエリオニの心臓めがけて突き出す。パキッと虚しく音を立ててクナイが折れ、イグニスは素早く飛び退き次の一撃をかわした。
「ははは。頑張るねぇ、イグニスぅ」
「チッ……」
「ぁあ?!」
 俺はイグニスの舌打ちに怒りが爆発しかけ、危うく一瞬で呪い殺してしまいそうになった。いけない、いけない。もっと楽しまなくちゃぁなぁ、俺……。
 俺は懐から五本の五寸人参を出し、イグニスがクナイを持つみたいに持ってみた。意外と難しい、くそっ! 練習ではもっと上手く出来たのに。くそっ!
「なぁ、イグニスぅ。見えるかほらぁ。人参だぁ」
「くっ! ……それがどうした!」
 カエリオニの猛攻をかわしながら、イグニスが答える。
「俺も鬼じゃない。だからイグニス。お前にも可能性をくれてやろうと思ってなぁ」
 そう言うと、俺は四本の五寸人参を懐に戻し、換わりに一本の包丁を取り出した。
 そして、包丁を使って人参の皮を剥き始めた。
「ぐっ?! っ……、ぁっ! っっ……!」
 イグニスの表情が突然、苦痛に歪む。
「なぁ、イグニス。俺はこれからこの五本の人参を順に桂剥きしていく。全部剥き切るまでお前が一度も叫び声を上げなければ、俺はお前たちを今日のところは見逃してやろう」
 俺はそう言いながら、まずは一本目の五寸人参の皮をうすーく剥いていく。料理なんてしたことなかったが、元から手先は器用な方だし、ここ数日毎日練習したので、なかなか綺麗に剥けている。
「っぅぅ……! はぁはぁ、ぁぁぁっ……!」
 イグニスが苦しそうだ。
 それもそうだろう。この五本の五寸人参はそれぞれ、イグニスの四肢、そしてちんこと連動している。
 俺がこの五寸人参を桂剥きしていくと、イグニスの腕、そして脚、最後にはちんこがそれぞれの人参そっくりに桂剥きされていくのだ。
 黒装束で肉が剥けていく様が見えないのが残念だが、まあいい。あの表情だけで十分だ。
「どうしたー、イグニスー? ずいぶん辛そうじゃないかぁー。もう、降参するかぁ? 叫んだら、楽に死なせてやるぞぉー?」
「……っ! ……っ、……っ! ……っ!」
「無視すんじゃねぇよぉ!」
 俺は五寸人参を切らないように気をつけて、を立て傷つける。
「っぁ……!」
「ふっ、ふふふ……」
 俺はゆっくりじっくり五寸人参を桂剥きしていく。
 まだまだ夜は長い。
「せいぜい楽しませてくれよ。雄々しい雄々しいイグニス君」
 俺は草の上に座り込むと、いつの間にか集まってきた漆黒の鳥たちを観客に、楽しい楽しいお料理を楽しんだ。

     *

 ――翌日。
 カチカチの外れにある丘の上で、一人の男の死体が発見された。
 男は有名な元義賊であり、現在はルクスらと組んでいる黄泉蔵夫のイグニス。
 その死体はむごたらしく、到底口にすることも出来ない有様だった。


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