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第1話「転生したらイモムシだった」


 この文章には「グロテスクな描写⚠」・「性的な描写⚠」が含まれています。
 また、非常に不快だったという旨の批判を頂いております(2018年10月29日追加)。

 とくに、まだ15さいになっていないひとると、とてもこわいことになってしまうかもしれません。
 よくわからないひとは、るまえにしんじられる大人おとなの人にきいてみてください。


 そこは、寒々しい空間であった。
「うっ、うぅん……」
 若い男は小さくうなり、意識を取り戻した。
 白い床なのだろうか。白い大地なのだろうか。熱の感じられない無機質な下の上で、男は体を起こす。
「やっと起きた。おはよう。お目覚めはいかが?」
 不意に声が聞こえた。若い女性のような声。どこかで聞いたことのあるような声が、男の鼓膜を優しく揺すった。
 男はもやがかかったような頭を押さえて、声のした方を見る。
 熱のこもっていないスポットライトを当てられているかのような柔らかい光の中に、二人はいた。数メートル先は闇のその空間で、若い女性がこちらを向いて口元を緩ませている。
「突然だけど、あなたは死んでしまったの。ここは死後の世界。冥界の玄関。そんなところかしら。生前のことは、覚えてる?」
 落ち着いた色の、それでいて細やかな刺繍が所狭しと施された布で目隠しした、厳かな雰囲気の女性はそう言った。
 覚えている。自分が誰なのか、どんな人生を過ごしてきたか、つい先刻死が迫ってきたことも。しかし――、
「うっ、うぅ……。思い出せない。いや、覚えてるんだ。記憶はあるんだ。生前の記憶は……。でも、死んだ時の記憶がない。死んだのはなんでかな。わかってるけど……」
 酷く靄が立ち込める頭を押さえて、男は言った。
 男の曇った表情とは対照的に、女性は微笑んで優しく言う。
「そう。よかった。記憶がしっかりしてるのならそれでいいのよ。あなたはとても酷い不幸に見舞われて死んでしまったの」
「……酷い、不幸?」
「ええ。運命に見放されたような、運命から逸脱してしまったような、そんな酷い不幸。そう、あれは神様の手違いなのよ。だから私はね、あなたにチャンスをあげるの。可哀想なあなたに、チャンスをあげるわ」
「チャンス……。それってもしかして……」
 神様の手違いによる不幸な死。その後で貰えるチャンスと言われて、男の頭に浮かんだワード。それは、『異世界転生』。
「ええ。異世界に転生させてあげるわ。不幸なあなたが今度こそ運命の導きに従って幸せになれるように、前世の記憶とチート能力をあげるから安心して」
 ――やっぱりそうだ。それって完全になろうで人気のアレじゃないですかやだー、とかなんとか男は思った。
 となれば、一つ男には気がかりなことがあった。
「それで、その……。異世界ってどんな世界なんですか?」
 男は生前、常々思っていた。何もいいことが無いと。コミュ症だからぼっちだし彼女もいないし金も権力も才能もないし、何もいいことがないと。
 だから、例えチート能力を貰えたとしても大変な境遇に転生などしたくはなかった。貧乏貴族とかモンスターに転生してそこから成り上がるとか、そういう物語的面白さはいらなかった。
 努力も苦労もいらない人生を過ごしたかった。最初からすべてを持って生まれたかった。
 そんな男に女性は優しく微笑んで言う。
「一言で言うと、女の子の夢の箱よ」
「女の子の夢の箱?!」
「ええ。女の子の夢の箱」
「それって、ハーレムとかそういうことですか?!」
「……」
 急に女性の口元から笑みが消えた。男に沈黙が重くのしかかる。
「あ、いや。冗談ですよ、ハハ……。ハーレムがいいとかそういうんじゃなくて、女の子の夢の箱とか言うから……」
 女性的にハーレム願望のある男とかまずかったのかなと慌ててフォローをすると、女性はまたもとの優しい微笑みを取り戻した。男は安堵する。
「さて、名残惜しいですがそろそろ転生しましょうか。今度こそ、あなたが運命に従い幸せになれますように」
 女性がそう言った瞬間、男の足元に突然穴が現れた。
「えっ?! ちょっ! うわあぁぁあぁあぁぁあぁ~!」
 男は穴を落ちていく。真っ暗闇を落ちていく。どれほど時間が経っただろうか。
 いつしか意識も闇の中――。

    ☆

 ピロリロリン。
 ――ゲーム的な電子音が聞こえる。
 ヒューゥーゥーゥー、ポンッ!
 ――ソシャゲ的な効果音が聞こえる。
 キラリラリン。
 全身の感覚を手に入れる。
ほし5! ヤバレア!」
 誰かの声がする。
「おー、★5だ!」
「ヤバレアだ!」
 目の感覚を手にいれると、目の前にイモムシがいた。
 右にイモムシ、左にイモムシ、可愛らしくデフォルメされた二匹のイモムシが、こちらを見てにこにこしている。
「誕生おめでとう。君はヤバレア、レア度最高のヒトイモムシだ」
「……」
「何が何だかわからないという顔だね。説明しよう。――と、その前に自己紹介が先かな。私はイモムシ界随一の知識人。人じゃなくてイモムシなのでは、などというセンスレスなツッコミはやめたまえよ君? 下駄箱に下駄を入れるのかい? 筆箱に筆を入れるのかい? 言葉というのはそういうものさ。おっと話がそれたね。ともかくだ。私は物知りで有名なシリイモムシ。みんなからはハカセと呼ばれている。よろしく」
「よ、よろしく……」
「僕はナミイモムシのナミィ。レア度は★3、ノーマル、並みのイモムシだよ。よろしくね」
「よろしく……」
 状況についていけずよろしくと返すだけの機械と化した転生者に、ハカセは最初の説明を施す。
「まずは君のプロフィールからだね。君はたった今、期間限定レアイモムシ降臨で誕生したレア度★5の新規実装イモムシ、ヒトイモムシだ。人のような手足を持っていることからヒトイモムシの名で呼ばれているそうだ」
 言われてみれば、自分の身体もデフォルメされたイモムシでありながらなぜか人間そっくりの手足が生えていた。はっきり言って気持ちが悪い。
「まずは名前が必要だよね? どんな名前がいいかなぁ……。ハカセ? どうする?」
「そうだな。レア度が高いから神、人のような外見から人、この二文字を合わせて神人しんじんというのはどうだろうか?」
「わー、それしかないよ! 神人君! 改めてよろしくね」
 ――神に人でシンジンってキラキラネームだなおい! しかも新人だしな俺、って上手くねーよ! ――という言葉を飲みこんでよろしくを言う機械に徹する神人に、ハカセが言った。
「さて、君の名前も決まったところでこの世界の説明を始めようか。この世界には我々イモムシをはじめとした虫を捕食する虫食生物ちゅうしょくせいぶつと呼ばれるモンスターたちが蔓延っている。我々はモンスターのいない世界を目指し姫様のもとで戦う戦士なのだ」
 ――イモムシ? 虫食生物? モンスターと戦う?
「全然、女の子の夢の箱ちゃうやん! てか俺イモムシだし! どういうこと! これも神様の手違い?! 神様手違い多過ぎィ!」
 神人はもう、我慢できなかった。大きな声で叫んだ。その絶叫は、周囲の森にこだまする。
「だっ、大丈夫? 神人君。そうだよね。嫌だよね。生まれて来るなりこんな世界何て……」
「だが、悲観するのはまだ早い。我々は姫様の加護のもとにいる。君はまだ生まれたてのLv.1だ。しかし、Lv.10になれば変態が出来る。その変態の儀では姫から直々に寵愛ちょうあいを賜ることが出来るのだ」
「姫様?」
「ああ。姫様はそれはそれは美しく可愛らしい人間の女性だという」
「人間?」
「ああ。君のようなヒトイモムシではなく、正真正銘の人間だ」
「寵愛を賜る、って言ったよな? それってどういう?」
「言葉の通りだ。あんなことやこんなこと、姫様が全てを使って愛してくださる」
「ふ、ふーん……。で、Lv.10ってどうやったらなれるの?」
「モンスターと戦って経験値を稼ぐのだ。最初はまず、このはじまりの森なんかからスタートするな。おっと、噂をすればだ」
「へ?」
 ハカセの視線の先を振り返ると、そこには一匹のカエルがいた。
「ゲコッ。ゲコッ。ゲコォ!」
「うわぁ! カエルだよう。気持ち悪いし恐いよう。僕、爬虫類とかダメなんだ……」
「カエルは爬虫類ではなく両生類だが、今はそんな話をしている場合ではないな。さっそくバトル開始だ! 神人! まずは普通に攻撃だ。やってみたまえ!」
「えっ、攻撃? ……こ、こうか? うあっ!」
 神人はカエルに向かって走っていくと、思い切りカエルをぶん殴った。
「ゲコォ~!」
 カエルは神人が殴る時に発したうあっには劣るものの情けない声を上げ吹っ飛んだかと思うと、地面の上でひっくり返ったまま動かなくなった。
「うわ~。流石★5、一撃だね」
「ああ、流石★5だ。真似できないな」
「そ、そう。まあ、俺★5だし。当然って言うか……。やっちゃいました? 俺?」
 神人は気取ってそう言うと、空を見上げて隠しきれないニヤニヤを垂れ流した。
 モンスターに転生なんてごめんだと思っていたが、これは意外と悪くないかもしれないと、早くも神人は心変わりし始める。
「だが、安心するのはまだ早い。前を見てくれ。次が来るぞ」
 見れば森の奥から、さらに三匹のカエルがやって来た。
「ゲコッ、ゲコッ」
「ゲコォ~」
「……ゲッコォ」
 三者三様に鳴くカエル。しかし姿は画一的。
「うわぁ~、三匹も……。助けて、神人君」
「ま、まかせろナミィ。この神人君が、あんなゲコこうなんざ一瞬でぶっとばしてやらぁ!」
 得意げに拳を構えた神人を、ハカセが穏やかに制止した。
「待ちたまえ神人。姿形は同じだが、ヤツラは先ほどのカエルよりも少しレベルが高いぞ」
「なっ、マジかよ。じゃあどうすりゃいいんだよ」
「スキルだ。手本を見せよう」
 そう言うとハカセはカエルの群れに飛び込んでいき、一言叫んだ。
「プリプリ!」
 その瞬間、もともとプリプリしていたハカセの体がよりプリプリと変容し、カエルたちの舌パンチをプリンプリンと受け流した。
「私はシリイモムシ。プリップリのお尻のような見た目からその名がついたイモムシだ。スキル“プリプリ”は自身の防御力を上げた上に打撃をしばし無効にする」
「シリってそっち?!」
「ああ。だが、打撃無効は一瞬だ。分かり易く言うと一ターン。いくら防御が上がったとはいえ★3の私の体力はそろそろ限界だ。神人。次は君の番だ」
「俺の番? んなこと言ったって、スキルなんてどうやって……」
「うわぁ! こっちにもカエルが、うわっ! 痛い!」
 見ればナミィまでもがカエルに舌パンチを食らっている。
「さっきやって見せただろ? スキル名を叫ぶだけだ。君のスキルは叡智のひらめき。叫べばおのずと発動する!」
「叡智のひらめき……、了解! おい、カエル共! 叡智のひらめき!」
 その瞬間、神人はひらめいた。あのカエルたちは舌を拳のように突き出して攻撃している。ならば――。
「こうしてやる!」
 神人はカエルの群れに走っていくと、舌パンチをかいくぐってその舌を掴み取り、五本指の手を器用に使って舌どうしを片結びで結んでしまった。
「スキル“叡智のひらめき”。それはランダムで様々な効果を発揮するスキル。今回は敵全体を行動不能にしたな……。流石は★5、強力なスキルだ」
「すごい、神人君! それは思いつかなかったよ!」
「ハハ。まあ、思いついても出来ないだろうけどな。この人の手があってこそよ」
 神人がそう言って得意そうに腕を叩いたその時、急に森が振動した。
「えっ? おっ、俺?」
「じっ、地震?!」
「いや、この揺れは……」
 その揺れは、カエルが起こした地響きだった。
「ゲェーコォ~!」
 見ればイモムシの数倍はありそうな巨体のカエルが、木々をかきわけのっしのっしと歩いて来る。巨大なカエルは歩くたびに森を揺らし、大地を震わせ、のそのそと近づいてくる。
「あれは大ガエル。この森のボスだぁアッ!」
「うわ~!」
「なっ?! うぶっ!」
 その攻撃は突然だった。巨大なカエルは勢いよく出した舌で大地を薙ぎ払い、神人たちはたちまち吹っ飛ばされてしまった。
「うっ……、いてて」
 神人は起き上がり、辺りを見回す。少し離れたところで、ナミィもハカセもぐったりと倒れていた。
「おい! ナミィ! ハカセ! 大丈夫か!」
 神人が呼びかけるが、二匹の返事はない。
「ハカセ!」
 ナミィより手前に倒れていたハカセのもとに辿り着くと、神人はその手でハカセの体を揺さぶった。
「ぅぅ……。私たちの体力はもう0だ……。戦えない……」
「何言ってるんだよ、ハカセ! あんなデカいカエル、どうすんだよ!」
「こ……、これを……」
 そう言ってハカセは、どこから取り出したのか、その短い手で虹色の石をこちらに渡してきた。神人は勢いよくそれを受け取ると、揺れに耐えながらハカセにく。
「これは……、これはなんなんだハカセ?」
「石……、虹玉だ……。たくさん集めるとそれでガチャが引ける……、が……、他にもいくつか用途がある……。例えば、こんな大ピンチにそれを砕けば……」
 そこまで言うと、ハカセはそれっきり何も言わなくなってしまった。
「ハカセェ!!! ガチャって言った! 今、降臨じゃなくて思いっきりガチャって言ったぁ! けども、そんなことはどうでもいい。今は!」
 神人は地響きの中、今にも倒れそうな体で拳を握ると――。
「うおおおおお!」
 受け取った虹玉を思い切りたたき割った。
 パリンっ!
 その瞬間。
「うわっ!」
 虹玉から発せられた綺麗な光が神人たちを包み込んだかと思うと、先ほどまでの体の重さは嘘のように消え、全身に力がみなぎった。
「こうして味方を復活させ、全員の体力を全回復させてくれるのさ」
「ハカセ?!」
 見ればハカセもナミィも起き上がり、こちらを見てにこにこしている。
「それだけじゃない。神人、何だか不思議な力がみなぎっていないか?」
「えっ? いや、全然……」
 ハカセに言われて考えてみるが、神人は特に何も思い当たらない。
「フッ、★5。天才というヤツはそういうものなのかもな……。あの石が満タンにしてくれるのは体力だけじゃない。必殺技を使うためのエネルギーもフルチャージしてくれるのさ」
「必殺……技……」
 神人の胸が高鳴る。
「ああ、君の必殺技は――」
「……了解! おい、デカガエル!」
「ゲェーコォー?」
 神人の声に、大地を揺るがしながら巨大なカエルが振り返る。その顔を見上げて神人は力強く言った。
「やってやるぜ。……我、叡智を持ちし猿にして、生きとし生けるものの頂点に立つ者。イモムシにして、イモムシに非ず。超変態芋虫人間メタモルフォーゼ・ホモサピエンス!!」
 その瞬間、神人の体が光に包まれ巨大化しその形を変えてゆく。そして、体を包む光が消えた時、そこにあったのは紛れもない人の姿であった。
 裸の巨人が森に立つ。イモムシよりも、カエルよりも、木々たちよりも遥かに大きい、一人の人がそこにいる。
「一瞬だ。デカガエル」
 神人の拳が大地に落ちる。隕石のようなその一撃は、巨大なカエルを消し飛ばす。
「ハッ。もうデカくなかったな。俺にとっちゃあ、ただのカエルだ……」
 神人は鼻で笑うと背を向けた。塵になったカエルに向けて。
 神人がもとのイモムシに戻ると、ナミィとハカセが這いよって来た。
「神人君すごいよ! あんなに大きくなるなんて! すごいよ! すごいよ! すごすぎるよ!!!」
「流石だな、神人。まさか君の必殺技があれほどとは……。最早、この世界に君に敵うものはいないだろう」
「いやいや、褒め過ぎだって。俺は★5ですし。まあ、当然……」
 はじまりの森でイモムシたちが奏でる神人を褒め称える言葉は、いつまでも鳴りやまなかった。

    ☆

 こうして、神人の異世界転生生活が始まった。
 初めはどうなることかと思った神人であったが、イモムシとしての新生活。
 中々、楽しそうである。