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第15話「銀髭の鷲馬」

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「俺は銀鬚シルバー・ベアードの一味、若頭領わかとうりょうヒッポグリフ。俺らぁ舐めた落とし前、きっちりつけてもらおうかぁ」
 
 そう言ってヒッポグリフが、懐から短剣を出した。流れるような所作で鞘から抜かれたブレードが、やわらかなランプの光を跳ね返して輝く。
 
「……若頭領。貴方が、ここのボスさんってことですか?」
 
「ぁあ? 舐めてるのか。若頭領はセカンドだろうが。俺たちの首領しゅりょうはシルバー・ベアードの親父おやじだ」
 
「ごめんなさい。じゃあ、そのシルバー・ベアードさんはどこですか?」
 
 美月の問いを、ヒッポグリフが鼻で笑う。
 
「ハッ。さっきから随分と舐めたこと抜かしてくれるなぁ、女ぁ。俺が自分てめぇの親売ると思ってんのか。ぁあ?」
 
「ごめんなさい、そんなつもりじゃ。ただ、私は聞きたいんです」
 
「……?」
 
「ホルデレクさんたちの集落を襲ったのは、貴方たちなんですよね? どうして、どうしてそんなことをしたのか……聞きたくて……」
 
「どうして? ハッ。俺たちは盗賊だ。獲物を殺すのにいちいち理由がいるか? お前、魚獲りにいってたんだってなぁ」
 
「……はい」
 
「お前、なんで魚獲ってたんだ? お前はいちいち、魚を獲るのに大層な理由を用立てるのか? 飯の人生を、魚の人生を考えたりするか?」
 
「それは……」
 
 言い淀む美月に剣先を向けて、ヒッポグリフがジリジリと前に出る。
 
「随分とお喋りが好きなようだが、ここは街角の婦人溜まりじゃねぇだろぉ? 俺たちは獲物どうし。だったらやるこたぁ一つ」
 
 言うなりヒッポグリフは短剣を振り抜いた。
 
「っ!」
 
 カーン! と短剣が鍋蓋を叩く甲高い音が鳴り響く。
 
「綺麗な顔だなぁ。傷ついてくれるなよ、商品」
 
「っ! っ! っ!」
 
 素早い短剣の乱舞を美月が鍋蓋で防ぐたび、軽快な音が狭い部屋に、その外に響き渡る。
 
 そして、ヒッポグリフが完全に部屋の外に出て、姿が見えなくなる。
 俺は痛む体を起こし、慎重に部屋の外へ出る。
 
 
「――はっ!」
 
 俺の視界で、鍋蓋が突き出され短剣が弾かれた。
 美月が素早く後退し、右手を床にかざして叫ぶ。
 
「攻撃します! 2d6に・でぃー・ろく!」
 
「あ?」
 
 ヒッポグリフの口から漏れた疑問符が、机上を転がるさいの音にかき消される。
 
「はーあっ!」
 
 カーン! と激しい金属音が鳴り響き、ヒッポグリフの短剣が宙を舞う。カランカランと床から立ちのぼる激しい音が、美月の形勢逆転を讃えるファンファーレのように鳴り響いた。
 
「っ……」
 
追加攻撃シャダー! はーぁあっ!」
 
「おぅっ!」
 
 美月のぐような一撃がヒッポグリフの横顔にヒットし、バチィンと顔を弾き飛ばす。
 美月はすかさず鍋蓋を握り替え、上から叩きつけるようにそれを振り下ろした。
 
「やぁっ!」
 
 ガァーンと気持ちのよい音が鳴り響き、頭を叩かれたヒッポグリフが前向きに倒れていく。
 しかし、美月の猛攻は止まらない。即座に握り替えた鍋蓋で、身長差を活かしてやや斜め下から突進するような追撃を撃ち出した。
 
「ふうっ!」
 
 猛烈な突撃を鳩尾辺りに受け、ヒッポグリフは斜め上に吹っ飛び、天井にぶち当たって廊下に落ちた。床に伏したヒッポグリフを尻目に、俺は美月のもとへ向かう。
 
「美月!」
 
「西畑さん!? 大丈夫ですか!」
 
「ああ、全く平気だ。こんなザコどもでは、俺に傷一つつけられない」
 
「……な、なら、よかったです、けど……」
 
 俺の顔を見つめて、美月が言いづらそうに言葉を淀ませる。
 
「なんだ? 俺の顔に何かついてるか?」
 
「いえっ、その……、鼻血が……。大丈夫、かなと……」
 
「あっ! こっ、これは、違う。俺が、怒りの興奮で流れただけだ。あいつらにやられたわけじゃない」
 
「……ふっ、ふふ。取りあえずは無事みたいでよかったです」
 
「……」
 チッ、俺を笑いやがって。腹立つ女だなぁ……。
 まあ、俺にそんなデカい口をけるだけの実力はあるとは、認めてやろう。なんせ、俺の愛した女だからな。美月は。
 
「あっ、西畑さん! これ、付けてください」
 
「あ?」
 
 美月が差し出した物、それは銀色の指輪に細い鎖を通した首輪のような物だった。銀色の指輪……。
 俺はヒッポグリフの野郎に受けた拷問を思い出し、思わず手が震えた。怖いのではなく武者震いで、怒りで震えてるんだこれは。怯えてなどいない。
 
「かけ、ますね……」
 
 美月はそう言うと背伸びして、うつむく俺にその首輪をかけた。
 
代わりの紐帯サクリファイシング・ボンド……」
 
「なっ、何を!?」
 
「これで、一時間くらいは大丈夫だと思います」
 
「なっ、何がだ?」
 
 なんとかボンドっていったよな? それって、さっきヒッポグリフが言ってた拷問の魔法じゃ……。
 
「魔法を使ったので、これで攻撃されても、ある程度は大丈夫だと思います。ドゥエルガルさんたちに透明化されたら、西畑さんを守りながら戦うのは私には無理なので……。でも、過信はしないでくださいね。あくまで、保険みたいなものだと思ってください」
 
「なんで、急に、そんな魔法を……」
 
 そんな魔法が使えるなら、なんでもっと早く使わなかったんだ? なんで急に、このタイミングで?
 俺の中で、急速に美月への不信感が高まっていく。
 
「この魔法には、白金の指輪が必要で……。ここに来る途中で見つけたんです。たぶん、盗品だと思うんですけど、だからって勝手に持ち出したらよくないですよね……。でも、西畑さんのこと、私の力だけじゃ守れないから……。ごめんなさい」
 
「そっ、そういうことか。気にする必要はないだろう。こいつら、泥棒なんだから」
 
 俺はほっとして胸を撫で下ろす。
 
「そうです、かね……。あっ。とにかく、逃げましょう! ここ、すごく広いですし、ドゥエルガルさんたちも多いので……」
 
「そうだな。早く逃」
 
「おぉ~い」
 
「っ!」
 突然の声に、俺たちは目を見張る。
 それは、倒したはずのヒッポグリフの声だった。
 
「こんなんでった気かぁ? 舐めるなよ。盗賊をよぉ……」
 
 ふらりとよろめきながら、ヒッポグリフが立ち上がった。体はふらついているが、その眼光は刃のように鋭い。
 
「西畑さん! 行きますよ!」
 
「あっ、ああ」
 
「逃げます! 2d6に・でぃー・ろく!」
 
 美月はそう叫ぶと、素早くサイコロを振るい、瞬く間に俺をお姫様抱っこした。
 もう、こうやって美月に抱かれるのも三度目か。最初は疎ましく思った硬い胸板の感触も、なんだか今は心地よく思えた。
 
「おい、待てェ!」
 
 ヒッポグリフの怒声を尻目に、美月は俺を抱えて疾走した。


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