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第13話「尊大な恋心」

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「うあああああああああ!」
 
 俺はベッドの上で身悶えして叫び声を上げる。
 身体の至るところに激痛が走っている。
 
「どうだぁ。その鈍い頭でも、そろそろ自分の立場がわかってきたか?」
 
 ヒッポグリフのムカつく声が聞こえる。
 
「うあっ! うああああああああ! ああっ! うあああっ!」
 
 部屋に戻って来たヒッポグリフの取り巻きに、指輪をハメられてからおかしい。何もされていないのに、体に激痛が走る。おまけに拘束されていて、指輪を外すこともできない。くそ! くそっ!
 
「フッ。安心しろ。お前は痛いだけで済む」
 
「なっ。どういううぐあああああああああああ!」
 
「“分かちの紐帯ソリディファイング・ボンド”と言ってな。さっき、銀の指輪を付けてやったろ? その指輪を付けている者同士、痛みが共有される魔法でな。実際に拷問を受けている奴が別の部屋にいる。お前はそいつと痛みを共有しているだけに過ぎない。だから、いくら痛めつけても、商品であるお前の体に傷がつくことはない」
 
「はぁっ、はぁっ、うああっ!」
 
 声を上げる俺の髪を、ヒッポグリフが鷲掴みにして持ち上げ、顔をのぞき込んできやがる。コイツ……、この野郎! 俺は上等な商品だぞ! くそがぁ!
 
「俺たちもできれば商品を傷つけたくはないんだ。いくら馬鹿でも、これでわかってくれよ? でないと……」
 
「ああっ!」
 
 急にベッドの上に頭を叩きつけられ、後頭部に鈍い痛みを感じる。次いで全身に激痛が走る。
 
「貴重な商品が無駄になる」
 
 その言葉を最後に、ヒッポグリフの気配が遠ざかっていく。
 
「見張りは二人いれば十分だろう。何かあればすぐに報告しろ」
 
「はい!」
 
 俺が激痛にもだえる中、しばらくして扉の閉まる音がした。
 くそっ! くそっ! 舐めやがって!
 
「うああっ! ああ! ああ! あああああっ!」
 
 チクショウがァ!
 
     *
 
「うあああっ!」
 
 痛みに思わず飛び出る声が、まるで他人のもののように思える。
 確かに体中が痛いが、どこか他人事ひとごとのような、なんだかふわふわとした変な感覚だ。
 
「ああっ!」
 
 あれから何時間、俺はこんな目に遭わされているのだろうか。
 くそっ。くそっ。くそっ! くそぉォっ!
 なんで俺がこんな目に! なんで俺がこんな目にィ! 
 
「あー!」
 
 相変わらず右手は大きくなったままで、力を込めても力を抜いても、うんともすんとも言わない。
 この役立たずが! 何がチートスキルだ! こんな外れスキルをよこしやがって、あの上位存在め! 覚えてろよ。覚えてろよォ!
 
「ハハ。最初見た時はビビったけどよ、見た目だけだなこの腕」
「ほんとそれな。ったく、ビビらせやがってよぉ。ザーぁコがぁ」
「ハハハハハハハハ!」
 
 見張りのザコどもが、部屋の外から俺の右手を笑ってやがる。くそ! くそっ!
 ヒッポグリフとかいう奴にへこへこ媚びるしか能のないザコどもが! この俺を、この俺を。チクショウ!
 
「ああー! あぁー……、あぁー……、うあぁっ!」
 
 痛い、痛い……、チクショウ。チクショウ! やめろ。やめろよ。やめろよぉ! おい。おいぃー!
 
 どんなに心の中で叫んでも、痛みがやむことはない。
 もう、助けてくれ。助けてくれ。誰か、誰か……。
 
 俺の頭に、もう何度目か、美月の顔が浮かぶ。
 天使のような美月の顔が。ああ、美月。たしかにお前はノロまで頭が悪いところはあるが、それでも強かった。認めるよ。お前は強い。強かった。おまけに美人だ。
 なあ、だから助けてくれよ。どこで何してるんだ? さすがにもう、魚は獲ってないだろ? 俺がいないことに気づいただろ?
 なあ、助けてくれよ。助けてくれよ。助けに来てくれよ!
 認めるから! お前はすごいって、強いって、認めるからさぁ。助けてくれよ! 助けてくれよぉ!
 
「あああー! あぁー……、あぁー……、美月ぃ……」
 
 と、その時。
 急に俺の右腕に違和感があった。なんだか、急に元に戻る気がしたのだ。
 
「おっ、おい! あいつの右腕、なんか縮んでねぇか?」
「は? たしかに。まあ、流石に力尽きて来たんじゃねぇの?」
「一応、ヒッポグリフの兄ぃに伝えた方がよくねぇか。俺、ちょっと行って来るわ」
「はっ、ずりいぞ! 俺が行く!」
「ったく。じゃあ、コイントス三回な。俺が先に気づいたから俺からだ。表!」
 
 ピィンとコインを弾く音がする。美月のサイコロをふと思い出したが、怒りがそれを凌駕した。
 くそっ! 気楽な奴らめ。今、俺の右手が元に戻ったんだ。今に見てやがれ! 同時に別の部位をドラゴンにはできないが、片方ずつなら……!
 
猛獣使ヒューマニティドラゴン! 臆病な左手レフトハンド・オブ・コンシート!」
 
 俺がそう叫んだ瞬間、左手が一瞬にして肥大化し、指にはめられていた銀の指輪が砕け散った。
 
「うわぁ!」
「やべっ! ヒッポグリフのアニキぃ!」
 
 見張りの二人は血相を変えて外へ出て行った。
 
「はぁっ、はぁっ、舐めるなよ俺を……」
 
 “臆病な左手レフトハンド・オブ・コンシート”。「臆病な」という名称が気にくわないが、まあいい。これで指輪も左腕の拘束も弾け飛んだし、痛みから解放された。終わってみればこの程度の拷問、気持ちいシャワーだったぜ。
 それに、手も戻せるように――。
 
「チッ! なんでだ? 戻れ。戻れよ!」
 
 左手がまた元に戻らない。
 なんでだ? なんで戻らない!?
 いや、それよりもだ。なんでさっき、右手が急に戻ったんだ?
 
「……美月か?」
 
 そういえば、最初に右手をドラゴンに変貌させて戻らなかった時も、美月の顔を見て、まあ悪くない女だと思った矢先に戻ったんだった。そして今回も、美月のことを考えたら戻った……。
 もしかして、俺は……、まさか……。美月に恋をしているのか?
 
 愛する者を思ってスキルが次のステージに進む、よくある話だが……。
 そんな、あんな馬鹿にか? 確かに戦闘力の高さは認めよう。顔が可愛いのも認める。だが……、あんな知性に欠けた馬鹿女に俺が惚れているだと?
 
「……」
 俺は自分の肥大化した左手をまじまじと見つめる。
 
 いや、そうだな。認めよう。俺は美月に惚れている。完璧ではないが、最低ライン、この俺にふさわしい女ではある。
 確かに俺はあの時、美月が助けに来て欲しいと思った。他に頼れる奴がいないとはいえ、それでも俺が頼りにするだけの実力はあるんだ。美月には。
 さあ、どうだ。
 
「……戻った」
 
 美月への思いを認めたら、俺の左手は間もなくして元に戻った。
 
「……」
 
 俺は、美月に恋をしているようだ。


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