営業秘密保護と労働者の職業選択の自由

営業秘密保護と労働者の職業選択の自由
労働者が、勤務期間中に会社の営業上の秘密を知り、その後、競合他社に転職した場合、転職先で元の会社の営業上の秘密を生かすことができるか。労働者には憲法上、職業選択の自由(憲法22条)が保障されていることから、労働者が転職先でそれまでの知識や経験を一切利用できないとすると、労働者の職業選択の自由や営業の自由を著しく制約することになるが、一方企業側としては、従業員の転職のたびに重要な営業上の秘密が流出しては、事業に悪影響を与えかねないため、問題となる。
この点につき、両社の利益の調整という観点から不正競争防止法によって「営業秘密」が保護されている(法2条6項)。すなわち、営業秘密とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法、その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいい、①秘密管理性、②有用性、③非公知性の3つの要件を満たす必要がある。
まず、秘密管理性として認められるためには、主観的に秘密として管理しているだけではなく、客観的にみて秘密として管理されていると認識できる状態にあることが必要とされる。
次に、有用性が認められるためには、当該情報自体が客観的に事業活動に活用されていたり、利用されたりすることによって、経費の節約、経営効率の改善等に役立つものであることが必要である。
さらに、非公知性が認められるためには、その情報が保有者の管理下以外では、一般に入手できないことが必要である。
もっとも、営業秘密に該当する情報であっても、その取得行為が不正の目的を持った利用行為でなければ、不正競争防止法の保護の対象とならない(法2条1項4号乃至10号)。
営業秘密の侵害を行った場合には、民事的措置として、当該行為の差止請求及び損害賠償請求(法3条、4条)、 また刑事的措置として、懲役又は罰金の刑事罰(法21条)の対象となる。
では、営業秘密に該当しなければ、一切企業秘密は保護されないのであろうか、事業者と労働者との間で守秘義務契約や競業避止義務契約を結び、この合意によって秘密の漏洩や不正使用を防止することができるか問題となる。
思うに、労働者の転職は、職業選択の自由、営業の自由によって憲法上保障されているから、契約による労働者に対する制約は、合理的かつ必要最小限にとどめられるべきであると解される。会社側の利益・不利益と労働者側の利益・不利益とを比較衡量し、その範囲を超えれば、契約による合意は公序良俗に反するものして無効と解すべきである。具体的には、競業制限の合理的範囲を確定するに当たっては、制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無等について、使用者の利益(企業秘密の保護)、労働者の不利益(転職・再就職の不自由)を考えて慎重に検討する必要がある(奈良地判昭45.10.23)。特に、金銭的補償が行われないまま、終期なく競業避止義務を課すものは無効と解される(東京リーガルマインド事件 東京地決平7.10.6)。   1218文字

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