緊縮財政がもたらす日本経済への影響について


一 緊縮財政によるメリット

1. 政府債務の減少

 緊縮財政が成功すれば、政府債務の削減につながる可能性がある。これにより、長期的には財政の健全化が進み、将来の財政危機を回避することが期待される。この過程で非ケインズ効果が唱えられることがある。すなわち、財政引締めによって財政再建がなされると、財政に対する人々の将来への不安を打ち消すことになり、その効果で現在の消費や企業の設備投資が刺激され、経済が成長するという理論である。つまり、緊縮財政により経済成長が見込めるというのである。

2. 国際的な信用力の向上

 財政赤字を削減することで、国際的な信用力が向上し、国債の金利が低下する可能性がある。これにより、政府の借入コストが低減されるという利点がある。
 もっとも、海外の投資家にとっては本当に債務を返済できるのか否かのほうが重要な関心事である以上、政府債務残高の多寡よりも政府債務対外債務比率で判断した方がより正確に財政の持続可能性を判断できるのではないか。政府債務対外債務比率は、政府が抱える債務のうち、どれだけが国外からの借り入れであるかを示す重要な指標だ。比率が低い場合、外部からのリスクに対して財政が比較的強固であることを意味する。
 もし本当に財務省や財政学者が言うように日本の財政が危機的状況にあるのであれば、日本国民に対して、より正確に政府の財政リスクを評価するための指標である政府債務対外債務の各国比較数値を示すべきである。
 しかし、残念ながら財務省も財政学者もこの数値を使って日本の財政を論じる気はないようである。このことが何を意味するかは日本国民全員がよく考える事柄だと思う。

二 緊縮財政によるデメリット

1. 経済成長の減速

 緊縮財政は、政府支出の削減や税収の増加を伴うため、総需要が減少し、経済成長が鈍化する可能性がある。特に、公共投資の削減がインフラ整備や技術開発を停滞させることで、長期的な経済成長にも悪影響を与える可能性がある。

2. デフレーション圧力の増加

 緊縮財政によって需要が減少することで、物価が下落しやすくなる。日本は既にデフレ傾向が強かった時期があり、緊縮財政はデフレーションを悪化させるリスクがある。

3. 失業率の上昇

 公共事業や政府関連の雇用が削減されるため、失業率が上昇する可能性がある。これにより、消費がさらに冷え込み、経済全体に負のスパイラルを引き起こすリスクがある。

4. 社会福祉や公共サービスの質の低下

 緊縮財政の一環として社会保障費が削減されると、高齢化が進む日本において社会福祉サービスの質が低下する可能性がある。また、教育や医療などの公共サービスの縮小が、国民生活に悪影響を及ぼすことも考えられる。

5. 政治的不安定

 緊縮財政はしばしば社会的な反発を招くため、政治的な不安定さが増す可能性がある。これは、政策の継続性や政府の信頼性に影響を与える可能性がある。

三 まとめ

1. 日本が緊縮財政を今すぐすべきかどうかは、慎重な検討が必要だ。財政健全化を主張する財政学者は政府債務残高が対GDP比250%を超える点を捉えてもはや財政再建は喫緊の課題と断じる。
 しかし、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)スプレッドが極めて低いという点は、日本の財政が直ちに危機的状況にあるわけではないことを示唆している。
 

2. なぜ、CDSは低いのか。

 まず、日本の国債の大部分は国内の投資家(銀行、保険会社、年金基金など)が保有していることがあげられる。これにより、外部からの資本流出リスクが低く、国債市場の安定性が保たれている。外貨建て債務が少ないため、為替リスクも低減されている。

 さらに、日本銀行は大規模な国債買い入れを行っており、これが国債の利回りを低く抑える要因となっていることも理由としてあげられる。事実上の財政金融政策の協調が、国債市場の安定に寄与しているため、CDSスプレッドが低く抑えられている。

 加えて、日本は安定した金融システムと信用力の高い政府を持っている。これにより、投資家は日本政府のデフォルトリスクを低く見積もっており、CDSスプレッドが低く維持されている要因となっている。

 そのうえ、これまで日本は長期にわたって低金利政策を維持しており、政府の借入コストは非常に低い。一部の経済学者やエコノミスト、財政学者の主張とは裏腹に、この低金利環境が、政府債務の持続可能性を支えている。

 また、これまで日本は長期にわたりデフレ圧力にさらされ、インフレ率が低い状態で維持されてきた。これにより、金利が上昇するリスクが低く、政府が借金を維持する上での負担も相対的に軽減されてきた。

3. ところがこの経済状況は近年変化しつつある。
 一つ目は、コロナ禍の影響で供給力、需給力ともに停滞した状況が続き、政府の大規模な財政出動があったことが挙げられる。
 二つ目は、ウクライナに対するロシアの侵攻があったために、海外からの供給量が制限されたことが挙げられる。
 三つ目は、コロナ禍、ウクライナ戦争によるコストプッシュインフレが継続しているという状況がある。
 四つ目は、主要国では日本を上回る財政出動を行ったため、コロナに対する制限解除以降、デマンドプルインフレが生じていることから、各国の中央銀行が過熱気味の物価上昇を抑制すべく金利をあげているという事情が存在する。
 そのため、日本と、日本以外の各国、とくに米国との大きな金利差が生じ、短期的に極端な円安を生じさせる要因となった。
 日銀は、この円安による物価上昇を抑制させるために金利を上昇させる判断をすることになったため、低金利環境が継続する可能性が薄れつつある。

4.このことから、日本の財政に対する潜在的な危機が強まっているとの主張が強くなされるようになった。
 すなわち、もし金利が上昇した場合、政府の借入コストが急増し、財政が悪化するリスクがあるという。日本の人口は急速に高齢化しており、将来的に社会保障費がさらに増加することが予想され、これが財政を圧迫し、持続可能性に疑問が生じる可能性がある。そして、このまま、経済成長が低迷し続ける場合、政府収入が減少し、財政赤字がさらに拡大するリスクが高まるだろうという主張である。

5.もっとも、この主張にも多くの批判が寄せられている。
 まず、金利を上昇させるのが、国債の需給状況による長期金利の上昇ではなく、日銀の金融政策によるという点である。諸外国のように景気の過熱を抑制させるという状況がないにも関わらず、円安を是正するためだけに金利を上昇させる是非である。この点の批判は根強い。
 つぎに、仮に過度な円安が物価の上昇を招き、インフレファイターとしての日銀の役割が求められる状況だとして、金利の上昇を認めても、政府資産も金利の上昇により収入を得ることになるから、予想されるほどの財政悪化を招かないという指摘である。
 さらに、正常な金利上昇の局面とは、経済が上向きの状態、つまり景気が上昇する局面だから税収も増えることになり、むしろ財政が好転する局面といえるという批判もある。

6.景気の動向に合わせて金融政策を判断すべきであって、景気が低迷している状況で金利を上げるのは悪手以外のなにものではないだろう。
 このように考えると、本当に金利上昇による財政悪化が生じるのかはにわかに信じがたい。むしろ、金利上昇によって日本経済にブレーキをかけ結果として税収不足を招いて財政悪化を招く方に現実味があるのではないだろうか。結果的に金利の上昇はいずれにせよ財政悪化を招くのだろうが、その論理展開には天と地ほどの差がある。

7.このように考えるならば、緊縮財政による財政再建の果実を得る前に日本経済はさらに低迷し、財務省や財政学者が緊縮財政を主張すればするほどむしろ財政再建への道のりは、よりずっと遠くなるように思う。

 もしかしたら、その方が財務省や財政学者にとっては都合がよいのかもしれない。昔から「狡兎死して走狗烹らる」と言うではないか。財政再建の課題が解決すれば、財務省も財政学者もその必要がなくなるから。


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