裁判員制度について


一 はじめに

 2009年5月から運用が始まった裁判員制度とは、国民の中から選ばれる裁判員が刑事裁判に参加する制度である。裁判員は法廷で行われる裁判に立ち会い、職業裁判官とともに被告人が有罪か無罪か、有罪である場合にはどのような刑にするのかを判断することになる。国民が刑事裁判に参加することにより,裁判が身近で分かりやすいものとなり,司法に対する国民の信頼の向上につながることが期待されて、制度が導入された。

二 対象事件について

 対象となる事件は、殺人罪、強盗致死傷罪、傷害致死罪、現住建造物等放火罪、身代金目的誘拐罪などの重大な犯罪の疑いで起訴された事件である。重大な犯罪に限定された理由は、すべての犯罪を対象とすると国民の負担が大きくなること、国民の関心が高い重大な犯罪は国民の意見を取り入れるのにふさわしいという点が挙げられている。

 しかし、重大事件、とくに殺人罪や強盗致死罪などの事件については、見るに堪えない被害者の殺害現場を写真等で確認する必要に迫られ、訓練を受けていない素人である裁判員にとっては心理的負担が大きすぎるという批判もある。また、国民の意見を取り入れるのであれば殺人事件や強盗事件などあまり身近で起きにくい犯罪よりもむしろ窃盗罪や詐欺罪など身近な生活で起きやすい犯罪に対する裁判への参加のほうが国民の意見を取り入れやすいのではないかという主張も考えられる。

 裁判員裁判の実施状況について、新受人員の推移を確認してみると、制度開始の平成21年以降2000件を上回ることはなく、近年では1000件を少し上回る程度である。これに対して刑事訴訟事件の最近5年間の推移を確認してみると70,000件前後で推移している。令和元年の罪名別でみると窃盗罪で11,370件、詐欺罪で3,823件である。これだけの件数が年間で実施されているとすると、通常仕事を有している国民が裁判に関与することは現実的ではないといえよう。重大犯罪に対する国民の関心も高いという観点も考慮するならば、やはり重大犯罪に限定し、証拠調べに伴う裁判員の心理的負担の軽減は別途対策を考えることで対処することが適切と考える。

 したがって、対象事件の変更は必要ないと考える。

三 評決の方法について

 裁判員制度における評決の方法は、裁判官3名、裁判員6名による多数決により行われる。

ただし,裁判員だけによる意見では,被告人に不利な判断(被告人が有罪か無罪かの評決の場面では,有罪の判断)をすることはできず,裁判官1人以上が多数意見に賛成していることが必要である。

 裁判員制度を導入した趣旨が職業裁判官のみにより判断が市民の感覚から乖離するのを防止し司法に対する国民の信頼を向上する点にあるとするならば、9名の中から5名以上の多数決によって、すなわち裁判員のみによる評決となっても差し支えないようにも思える。

 しかしながら、全一致の結論が得られないような判断がわかれるような事件についてはより慎重な制度的担保が必要と考えられ、職業裁判官1名以上の多数意見賛成の要件を科すことは妥当と考える。

 したがって、この点についても制度の変更は必要ないと考える。

四 評議等の守秘義務について

 裁判員は、評議の秘密や、評議以外の職務上知り得た秘密について、守秘義務を負っており、これらを外部に漏らすことができない。したがって、評議の秘密や、その他の守秘義務の対象となる秘密を家族や友人に話すこともできない。ただし、裁判員の任務を果たした一般的な感想などを話すことは守秘義務に触れるものではないため、可能である。

 この点、「裁判員制度 市民からの提言2018」では、守秘義務の緩和が提言されている。すなわち、裁判員の経験の核心部分でもある評議に関して広範な守秘義務が課されていることは、裁判員の経験を市民の間で共有することを妨げる壁になっているという。裁判員の自由な討論を保障し、事件関係者のプライバシーを保護しながらも守秘義務の範囲を緩和することが、裁判員制度への参加意識を高めるきっかけになると主張する。

 裁判員制度の守秘義務の立法趣旨は、裁判員の自由な討論を保障することと事件関係者のプライバシーを保護するためにあるという。日本の文化が欧米に比べると他人の目を気にし付和雷同的な村社会で、自由闊達な議論も閉じられた空間でなければできない発想のもとでは、守秘義務の立法趣旨も裁判員の自由な討論を保障するためとなるのだろう。

 しかしながら、そもそも裁判員制度は司法に対する市民の直接の参加を促すことで司法に対する国民の信頼を向上させる点にあったはずである。民主政の基本は、情報の開示によって国民一人一人がより正確に判断できることにある。守秘義務をより広範囲に設定し、かえって情報開示を制限するのであれば、職業裁判官が裁判し形骸化していた刑事裁判制度となんら変わりがない。司法制度をより国民の身近なものにし刑事裁判制度を国民の意思が反映されたものにするのであれば、守秘義務を緩和しより実質的な議論が実施できるようにするべきである。

 したがって、広範囲に設定されている現状の守秘義務の範囲を緩和し変更すべきと考える。

五 被告人の選択権

 裁判員裁判の対象となる事件について、被告人には裁判員裁判を拒否する権利は与えられていない。すなわち、被告人は必ず裁判員裁判を受けなければならず、選択権は認められていない。

 この点について、裁判員制度は、同制度による審理裁判を受けるか否かについて、被告人に選択権を認めていない点で、憲法32条、37条に違反するとする意見も存在する。

 しかし、憲法は、刑事裁判における国民の司法参加を許容しており、憲法の定める適正な刑事裁判を実現するための諸原則が確保されている限り、その内容を立法政策に委ねていると解されるところ、裁判員制度においては、公平な裁判所における法と証拠に基づく適正な裁判が、制度的に保障されているなど、上記の諸原則が確保されている。
 したがって、裁判員制度による審理裁判を受けるか否かについて、被告人に選択権が認められていないからといって、同制度が憲法32条、37条に違反するものではない。(最高裁判所平成24年1月13日判決)

 職業裁判官のみによる裁判か裁判員裁判かという選択は、制度の選択にすぎないから、両方の制度が残っているのであればともかく、重大犯罪については裁判員裁判制度しかない現行制度のもとでは被告人の選択権を認める立論自体が失当である。被告人には公平な裁判を受ける権利は認められているが、存在しない裁判制度を受ける権利までは認められていないのではない。

六 裁判員の負担について

 裁判員裁判の実施状況について、平均評議時間の推移を確認してみると、令和元年において、自白事件で567.5時間、否認事件で961.5時間、平均768.2時間の評議時間を要するとしている。これを平均審理日数に換算すると、自白事件で約7日間、否認事件で14日間、平均11日間の日数を要する。

 もっとも、公判前整理手続によって、証拠の整理を行い、裁判員が参加しなければならない公判期日を短縮する対策が取られており、実質的に裁判員が審理する期日は数日間ですむことが多い。

 したがって、裁判員裁判制度への理解が進み、大企業や公官庁では比較的裁判員裁判への参加のため公休を取得することは認められつつあるようである。

 もっとも、中小零細企業の従業員や自営業、個人事業主でこれだけの時間を仕事から離れる弊害は大きく、裁判員裁判に参加するための市民の負担は大きい。

 また、人を裁くことや死刑に関与する抵抗感から裁判への参加を拒否するケースも考える。いわゆる思想・信条の理由に基づく裁判員候補者の辞退である。

 以上のように、国民の負担を考慮して現行の運用では比較的緩やかに辞退を認めていることから裁判員制度の実施状況によれば、裁判員候補者の辞退率は令和元年で66.7%にのぼっている。国民の負担を考慮すれば辞退理由の緩和はやむを得ない措置とも思えるが、行き過ぎれば制度を空洞化させる恐れも生じさせ、対策を考える必要がある。

 参加しやすい環境を整え、裁判員裁判制度への理解を促進させるなどの啓蒙活動を実施しているが決め手に欠けるようである。

七 まとめ

 裁判員制度は、司法への市民の直接の参加を促すことによって司法の民主化、司法への国民の信頼向上を目的とするものであり、方向性自体は間違ってはいない。制度運用もよく練られて理想と現実の間を行きかいながらなんとか制度の理念を実現しようとの思いも感じられる。ただ、旧態依然の司法制度の感覚が残り、かえって制度趣旨を骨抜きにするケースもみられ、今一度制度本来の趣旨を見直して、趣旨に合致する制度運用が望まれる。

参考文献

「裁判員制度の実施状況について」2020.11.1アクセス

https://www.saibanin.courts.go.jp/vc-files/saibanin/2020/r2_8_saibaninsokuhou.pdf

最高裁判所 司法統計 2020.11.1アクセス

https://www.courts.go.jp/app/sihotokei_jp/list?page=1&filter[type]=3

刑事訴訟事件の最近5年間の推移(地方裁判所)2020.11.1アクセス

https://www.courts.go.jp/app/files/toukei/552/011552.pdf

刑事通常第一審事件の罪名別終局人員(実人員)(令和元年)2020.11.1アクセス

https://www.courts.go.jp/app/files/toukei/554/011554.pdf

法務省「従業員の方が裁判員等に選ばれた場合のQ&A」2020.11.1アクセス

http://www.moj.go.jp/keiji1/saibanin_qa_others.html

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