パレスチナを76年あるいは17年放置したのは誰の責任か

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補論A. パレスチナを76年あるいは17年放置したのは誰の責任か

イスラエルによるラファへの本格的な侵攻が目前に迫っている。イスラエルは10月7日に起きたハマースによる襲撃の報復としてガザ地区への攻撃を強めている。

ハマースへの報復として始まった今回のガザ地区への攻撃ではあるが、その実態は極右政党の連立政権であるネタニヤフ政権とそれを後押しするシオニストによるパレスチナ人の虐殺、民族浄化に他ならない。彼らはパレスチナ人を虐殺し、イスラエルをシオニストのユダヤ人だけの単一民族国家にしたいのだ。

それは、イスラエルが爆撃による被害者を防ぐためと称して民間人をガザ地区南部のラフェへ避難するように促し、ガザ地区220万人のうち実に140万人が集まったそのラファへ爆撃し侵攻しようとしていることを見ても明らかだ。市民を一箇所に集め、そこに爆撃し侵攻しようとしていることを虐殺、民族浄化と呼ばずになんと呼ぶというのだろうか。*1

人類が20世紀に行ったことそれはナチスによるユダヤ人の虐殺であり、日本軍による南京での虐殺であり、アメリカによる広島、長崎への原爆投下であり、東京大空襲であり、ポル・ポトによるカンボジア大虐殺であり、南アフリカの人種隔離政策、アパルトヘイトだ。

歴史で学んだ国家による虐殺が、絶対に繰り返してはならないと学んだ人間による大規模な殺人が、21世紀も四分の一が過ぎようとしている2024年にパレスチナで起きている。この虐殺がなぜ行われ、なぜ続くのか。その原因と責任は三者にあるのではないかと思う。

一番の原因は、その手でパレスチナ人を殺しているイスラエル軍であり、その指示を出しているネタニヤフ政権とその支持者であるシオニストだ。彼らは豊富な資金と巧みな外交戦略によって、パレスチナ人を民族ごと浄化し、パレスチナの地をシオニストからなる単一民族の国家を形成しようとしているのだ。

その手段も非常に卑劣なもので、着弾時の人的被害の大きさにより国際的な人権団体が非難する白リン弾の使用や、子供を含む民間人への無差別な攻撃。人道支援を行う国連関係者や病院への攻撃、食料や医薬品など生きるための支援物資を積んだトラックへの妨害など、おおよそ思いつく限りの悪を尽くしている。

イスラエルはパレスチナ人をガザ地区とヨルダン川西岸地区に隔離し圧倒的な武力で占領している。占領した領土とそこで生きる人を守るのは占領した側の責任だ。そこに攻撃を加え民間人を虐殺することは戦争犯罪であり、イスラエルも加盟するジュネーブ条約に違反している。またヨルダン川西岸地区にイスラエル人が入植をすすめるのが国際法違反であることは2016年に国連も確認している。*2

このように、虐殺を含む戦争犯罪、国際法違反が行われていることはイスラエルも加盟する国連も確認しているのに、なぜイスラエルは処罰や経済制裁の対象にならないのだろうか。それはイスラエルの広報戦略、外交戦略の巧みさにある。

イスラエルは今回のガザ地区への攻撃もハマースのテロ攻撃への報復であり、ハマースこそが悪の根源、イスラエルの民間人こそがハマースに殺害されているとの主張を繰り返している。ハマースが10月7日の襲撃でイスラエル兵と民間人を殺したのは事実であろう。これも犯罪であるのは確かだ。しかしその報復としてガザ地区では3万2000人が殺され、その倍以上の人たちが負傷し麻酔薬も無いなかで手足を切断され障害者として生きていくことになる人たちもいれば、運良く負傷しなかった人たちも食料がなく飢えに苦しんでいる。

またハマースの実効支配が及んでいないヨルダン川西岸地区でも10月7日以降278人のパレスチナ人がイスラエル軍とイスラエル入植者によって殺害されている。これも含めイスラエルはハーマスへの報復と説明し、多くのメディアは「中立」を装い、この虐殺を「戦争」あるいは「紛争」と呼んでいるのだ。

イスラエルの広報戦略の巧みさは至る所に現れている。例えば2月28日の辻󠄀外務副大臣によるカッツ・イスラエル外務大臣表敬時の外務省が公開した会談の写真*3 には、デザートにはパレスチナの象徴であるスイカが配られ、写真奥のディスプレイには「WE WON'T STOP」の文字がある。なんともグロテスクなやり方であるが、これはパレスチナへの攻撃つまり虐殺を止めないと主張し、日本政府もそれを支持していると国際社会および世界に点在するシオニストに印象づけているのだ。その写真を政府の公式なwebページに載せるのは日本政府も故意にこの虐殺に加担していると言えるだろう。

2009年に村上春樹がエルサレム賞を受賞し、イスラエルでスピーチを行ったこともそうだ。2009年といえば、前年末からイスラエル軍がガザに侵攻した年である。この攻撃でイスラエル軍は民間人を含む1300人以上のパレスチナ人を殺している。こうした状況があり、村上春樹はエルサレム賞を受けイスラエルでスピーチをすることを多くの人から止められたそうだ。最終的に村上は作家はとてもへそ曲がりでやるなと言われるほどやりたくなると述べ、賞を受け現地に出向きスピーチを行った。そのスピーチ「壁と卵」は抽象的であるものの、ガザ侵攻を批判したものであり、多くの人がイスラエルでこの発言を行ったことに賛辞を送っている。

しかしこれが国際的にはどう見えたか。例えばレバノンの作家であり詩人であるアブドゥ・ワージンは、「我々アラブ文化人は、村上春樹がエルサレム賞を拒否してくれと切に願っていた。(イスラエルは)この「汚れた」賞を下心をもって適切な時期に与えてみせた。ガザ虐殺の直後である。日本人であれ、世界的文学者を歓待するような文明国がイスラエルなのだと世界に示すことが目的であった」*4とこの文学賞がイスラエルのプロパガンダであり、イスラエルのガサ虐殺を承認していると言っているのだ。

もちろん、いかに広報戦略が巧みであろうと3万2000人もの人を殺し、国際社会の目のあるなかで虐殺を続けることは不可能ではないか。なぜそんなことが続くのか。それが彼らの外交戦略にある。

その外交戦略においてもっとも大きいのが二番目の問題であり、民族浄化を進めるイスラエルと特別な同盟関係にあるアメリカ政府つまり大統領であるバイデンだ。

アメリカ政府はイスラエルを特別扱いし軍事的にかつ金銭的に直接的な支援を行ってきた。今回のイスラエルによるガザ地区への攻撃で、各国が停戦の決議案を国連安保理に提案しているが、多くの国が決議案に賛成する中で、アメリカは拒否権を発動し提案は三度も否決されてきた。アメリカが拒否権を発動しなければ国連はイスラエルに停戦を命令できたのにだ。

拒否権の発行を命じたバイデンは「人道支援の優先を強調」と言いながらも「イスラエルを支持する」と意味の通らない発言を繰り返している。人道を踏みにじる行為をしているのはイスラエルであり、その行為を支持しつつ人道を支援するのは無理がある。バイデンが各国と協調しイスラエルの支援はできない。即時停戦しろとネタニヤフに伝えればそれでひとまずの攻撃は止められるはずなのにだ。

最近、アメリカは支援物質をガザ地区に空中投下するということを行っている。これもイスラエルに陸路を開けろ。でなければ支援を打ち切ると言えば済む話なのだ。バイデンは民主党である。民主党と言えばリベラルであり功利主義であり人種によらず人権を尊重する政党ではなかったのか。

なぜそれができないか。それがイスラエル・ロビーの活動だと言われている。金融系に多いとされ豊富な資金を持つイスラエル・ロビーが民主党、共和党の両党に多額の政治献金を行っているからであり、目前に控えた大統領選は多額の現金が必要でイスラエル・ロビーからの献金なしには戦えないのだ。特に共和党は献金以上にキリスト教シオニストの票田をあてにしている。アメリカ優先。他の国のことは関係ないと発言しているトランプがイスラエルへの特別な支持を口にするのも、シオニストからの政治献金と票田があるからだ。

自身の出自からもマイノリティの側に立ち、公約通りイラク戦争を終結させたオバマですら大統領就任時には「イスラエルを支持する」と述べている。先に述べたバイデンの「人道支援の優先を強調しながらイスラエルを支持する」という矛盾した発言も自身のリベラルな思想とイスラエル・ロビーからの多額の献金から出てきたものだ。

特に大きな対立があった場合、民意を政治に反映させやすいというのがアメリカが採用する大統領制と二大政党制の利点だ。しかし、巨額の資金があれば簡単に両党を掌握できるのだ。そして両党さえ掌握できれば、アメリカ国内の問題のみならず国際的な問題すらも左右することができる。つまりこの世界では金があれば、他人の領土を支配し邪魔な民族を虐殺できるのだ。

そして三番目に問題なのは国際社会だ。パレスチナに対して国際社会は何をしてきたか。

1948年にイスラエルが建国された際、パレスチナ人はその土地を略奪され、占領され、殺害された。400もの村が破壊され、100万人ものパレスチナ人が故郷と家を失い、ヨルダン川西岸地区やガザ地区、周辺アラブ諸国などへ逃げた。国連総会は1948年12月に決議194号を可決し「故郷に帰還を希望する難民は可能な限り速やかに帰還を許す。そう望まない難民には損失に対する補償を行う」としたが、イスラエルはこれに従わず、国際社会もイスラエルになんの処罰も与えていない。その結果、彼らは未だ故郷に帰還することができないでいる。76年間、暴力的に住居ごと土地を奪われたままだ。

その後、何十年にもわたり和平交渉とその決裂。イスラエルへのテロとガザ地区への報復攻撃が繰り返されてきた。その結果2007年、イスラエルはガザ地区に壁を建設し、人の行き来はもちろん、電気の使える時間や水の浄化、食料や医薬品の搬入も制限し、ガザ地区を完全に封鎖しアパルトヘイト状態に陥れたのだ。

このような状況からガザ地区は「天井のない監獄」と言われることがある。電気も安全な水もなく、食料や医薬品も十分でなく人が死んでいく場所を、イスラエルからたびたび爆撃を受け虐殺される場所を「監獄」と呼べるだろうか。少なくとも我々の知る監獄で命が危険にさらされることはない。あえて呼ぶなら死の順番を待つ「収容所」が適切な言葉だろう。

この状況を国際社会はずっと無視してきたのだ。この状態を打破するためにパレスチナ人に何ができたか。国際社会にこの状況を訴えるために何ができたか。彼らは様々な手段で何十年と訴えてきたのだ。何も変わらないこの状況を。その手段の一つとして10月7日ハマースはイスラエルを襲撃したのだ。その結果、イスラエルの報復という名の虐殺は強まり、3万2000人もの命が奪われ、それと引き換えに国際社会の注目を浴びることができたのだ。とても悲しいことであるが、こうまでならなければ多くの人の関心を得ることができなかったのだ。

虐殺を止めアパルトヘイト状態を脱し、パレスチナ人がパレスチナの地で自由に生きていく未来を作ることができるだろうか。国連の決議が無視されアメリカがイスラエルの支援を止めない現状において、それは国際社会でありその構成員である我々の行動にかかっている。3万2000人の死を無駄にしないためにも、今度こそ、それに気づいた我々が行動しこの問題を終わらせないといけないのだ。

追記:
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パレスチナの問題に関する考え方の多くは岡真理著『ガザとは何か~パレスチナを知るための緊急講義』を参考にしている。特に全体に流れる「この問題はシンプルだ」「誰でも語ってもよい、むしろ語るべきだと」という考えは本稿を書く源泉というべきもので勇気を頂いた。この問題について知りたいがまず何を読むか迷っているのであればこの本を最初の一冊にお勧めしたい。

*1 国連の国際司法裁判所(ICJ)は1月26日、イスラエルに対し、パレスチナ自治区ガザ地区での集団虐殺を防ぐためにあらゆる対策を講じるよう暫定的に命じている。即時停戦の命令こそ実現できなかったが、イスラエルも加盟する国連がイスラエルの行っていることは虐殺に準拠すると認定したことは当然であるが画期的な判断と言えるだろう。

*2 国連安全保障理事会決議2334号(2016年) において、イスラエルによるパレスチナ占領地への入植活動の違法性を改めて確認としている。

*3 辻󠄀外務副大臣によるカッツ・イスラエル外務大臣表敬
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/pressit_000001_00412.html

*4 日本人作家とイスラエルの賞 2009年02月23日付アル・ハヤート紙 アブドゥ・ ワージン
 http://www.el.tufs.ac.jp/prmeis/html/pc/News20090223_212042.html


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