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『MIZZ鍼灸治療院物語』の著者 MIZZ先生こと”みずかみよしのり”が 渋谷道玄坂伝説のロック喫茶『ブラックホーク』を語り尽くします

●第2シリーズ 
ザ・インタビュー:MIZZマスターの『ブラックホーク』懐古談
(聞き手:編集人ひめちゃん)


『ブラックホーク』懐かしのコーヒーカップ

第2話 松平さんとの思い出❐その2

《ひめちゃん》『ブラックホーク』開店当時の話に戻しますが,MIZZマスターが21歳で,松平さんが20歳頃ということになりますよね。ジャズをチョイかじりのMIZZマスターとジャズに精通する松平氏とのバランスと言いますか,コンビワークといいますか,そのあたりはうまくいったんでしょうか?

《MIZZ》こんな言い方もなんですけど,二人とも今風のIT起業家さんたちのように,ギラギラした成功欲や上昇志向のようなものとは縁遠くて,チョイとドロップアウトしちゃおうかっていうレベルで,屁理屈ばかりこねている若者二人がつかず離れずそこに居た,という程度のことだったんじゃないですかね。

《ひめちゃん》なるほど。でも,マグマ溜まりではありませんが,噴火前夜のようなどこかたぎるエネルギーのようなものを感じてしまいますね。

《MIZZマスター》そうですね。松平氏のジャズの知識というものはそれこそ圧倒的なレベルだったもんですから,彼の奥深さというか,内に秘めた熱量を感じていたことはたしかですね。何と言っても,当時流行っていた“ジャズ喫茶”の中でも一目置かれていた『DIG渋谷店』の半分を任されていたわけですから(この店にはもう一人店長がいました)。
 ミュージシャンやレコード情報は言わずもがなですが,私からの「この人は?」「このアルバムは?」「録音メンバーは?」といった矢継ぎ早の問いかけにでも,嫌な顔ひとつせず,冷静かつ平然とテンポゆったりに穏やかに答えてくれていました。

《ひめちゃん》感情をあまり表に出すと言うタイプではなかったわけですね。

《MIZZマスター》「この人はクスリで亡くなってしまいましたね」「この人もクスリがひどかったけど立ち直ったようですね」「意外やMとBは付き合いがあったようですね」「クリフォード・ブラウンはマイルスより天才かもしれませんね」といったゴシップ風ネタから,「KのこのLPをまず聴いておいてください」「メインストリームと言うのは…」「チャーリー・パーカーは…」といった専門ネタまで,顔を合わせる度にアレコレレクチャーを受けますんで,私も,とにかく覚え込まないといけないと,英単語の丸暗記風に記憶中枢フル稼働で,レコードそのものは聴いたことがなくても,誰々のアルバムジャケ写真はこれだ,という具合に次々頭に詰め込んでいた時代でした。
 何よりも「この商売!一度やり始めたからには絶対に潰しちゃイカン!」てなことはいつも考えていましたが…

《ひめちゃん》ひたすら勉強の日々だったんですね。

《MIZZマスター》あと,彼からよく耳にしたのは,ジャズ喫茶の客というのはとにかくこだわりが強く,ある面我々とは違った角度からの知識をたくさん持っている,という話です。松平氏曰く,新顔のレコード係と見れば,あえて「幻の名盤◯◯はある?」と言ってきたり,LPタイトルではなく曲名でオーダーするとか,レコード室を試すようなことがあるので,そのあたり気をつけておいたほうが良いということでした。

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