ペットになった日・中

わりとざっくばらんに話し合える友達なら何人かいるが、さすがに自分のそんな特種な願望まで明かせる相手はいなかった。
自分の中に芽生えはじめたものをどうにも出来ないままで2週間ほどが過ぎて、今日になった。

今度はご両親に泊まり掛けでの用事があったらしく、週末の2日間レン君を私たちの家で預かることになった。
安請け合いをしたのは母だけど、レン君の相手はやはり私がすることになった。
レン君は宿題持参で来ていたので、しばらくはその手伝いをしてあげた。
年齢相応以上には賢い子で、私がしてあげることなどほとんどなかったけれど。

「ちょっとお散歩して来ようか」
そう言い出したのに他意はなかったはずだ。
レン君の勉強も一区切りついたところで、ずっと机に向かいっぱなしだったから、気分転換をさせてあげようと思ったのだ。
廉くんに否やはなく、ふたりで少し離れた運動公園に向かった。

途中、可愛い子犬をつれたおばあさんに出会った。
動物好きのレン君はたちまちひきつけられた。
「触ってもいいですか?」
おばあさんも快く応じてくれた。
ただ、人見知りする犬だったらしく、すぐにおばあさんの後ろに隠れてしまって、レン君はほとんど触れなかった。

レン君のとてもがっかりした顔に、私は軽い嫉妬を覚えてしまった。
このところずっと胸でモヤモヤとうごめいていたものに、火がついてしまった瞬間だった。

「本当に動物好きなんだね?」
おばあさんと別れて歩きながら、切り出した。
「やっぱり、ペット欲しい?」
「うん、でもやっぱり無理なんだろうな」
「なってあげようか?」
「え?」

無邪気な動物好きの男の子をおかしなことに引き込もうとしているのじゃないか。
理性はそう訴えかけてくる。
それでも、私はもう止まらなかった。

「この間言ってたでしょ、私をペットにしたいって」
「いや、それはその」
「嬉しかったよ」
「本当?」

運動公園は土曜日のその時間帯にしては空いていた。
これがもっと人目があったなら、私も尻込みしたのかもしれない。
私を押し止めるものは何もなくなった。

「ずっと毎日って訳にはいかないよ。お姉ちゃんにも都合の悪い時はあるからね。それでもいい?」
「うん、分かってる」
「これもこの前言ったよね、動物を飼うってことは簡単じゃないんだって」
「あ、う、うん」
身体を洗ってあげたり、排泄の処理もしたり。
私にそれをすることをでも想像してしまったのか、レン君は赤くなってうつむいてしまった。
「もちろん、そこまでしろとは言わないけどね」
「そ、そうだよね」
ほっとしたような残念そうな顔。
今はまだね、と心の中の意地悪な私が舌を出した。

「そうね、いつかレン君が大きくなって、自分でペットを飼えるようになった時にちゃんと出来るかどうか、これは練習ということにしようか」
もちろんそんなのは建前だ。
自分の願望に何も知らない男の子をつきあわせてしまう負い目を覆い隠すための。
そんな言葉がすらすら出てくる自分に呆れるくらいだった。

「じゃあ、始めようか。今日は普通に犬でいい?」
「うん!」
本当に嬉しそうに首をふるレン君の返事もなかば、私はさっさと芝生の上で四つん這いになっていた。

着ていたのは普段着のシャツにデニムのショートパンツ。
多少汚れても気にならない服装だったのは幸いだった。
その格好ではお尻のラインがはっきりでてしまいそうだったけれど、今はそれもどうでもいい。
膝パッドでも欲しいところだっが、こんなことになるとは思ってもいなかったので仕方がない。

「わん!」
レン君も、私自身も驚いてしまうような声が出た。
数人がぎょっとしたようにこちらを見るのが分かった。
地べたに犬のように這いつくばった女子高校生に、みな一瞬驚いたようだが、近くにいるのが小学生の男の子ということで、納得してくれたようだ。
私の内心など察し得るはずもない。

「じゃあ、行くよ、ユマちゃん、じゃない、ユーユ」
レン君なりに、近所のお姉さんである私とペットの私を区別したかったのだろう。
ユーユというのは、ずっと小さい、舌足らずだった頃に私を呼んでいた名前だ。
「わん」
言われるまま、運動公園を一周するように歩きだした。

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