ペットになった日・上

単発のつもりで書き始めて、思ったより長くなったので分割。たぶん3話くらいで完結。

今日、レン君のペットになった。
漣と書いて本当は「さざなみ」と読むのだけれど、いつの間にかみんなレンと音読みするようになったのだという。
近所に住む小学4年生で、母親同士が高校の先輩後輩だったとかで、私もうんと小さい時から知っている。
そんなレン君が今日から私の飼い主様だ。

ドキドキが止まらない。
これからどんなことをされるだろう、どんなことをしてあげよう。
7つも年下の男の子にそんな風に感じるなんておかしいのは分かっているけれど。

少し前。
レン君のご両親がふたりとも出掛けなくてはいけないというので、午後から私がレン君の様子を見に行くことになった。
よくあることで、「僕ももう留守番くらいできるのに」とレン君は言うのだけど、私が行けば喜んでくれる。

おやつの時間に見たテレビ番組が始まりだった。
海外の動物園を取り上げていて、レン君もとても面白そうに見入っていた。
見たのが途中からだったので、すぐに終わってしまったのが残念そうだった。

「ゴリラ、凄かったね」
そう言って、両手で胸をたたくドラミングの真似をして見せた。
レン君の顔がパッと輝くのが嬉しかった。
ウホ、ウホと鳴き真似をまじえながら、前屈みの姿勢でその周りを歩き回ってあげると、一生懸命拍手をしてくれた。

それからふたり、テレビで見た動物の真似事をして遊んだ。
小学生の表現力にやはり限界もあって、途中からはレン君のリクエストに私が答える形になった。
馬や牛、ヤギ、ライオン。
ゾウやキリンとなるとさすがに難題だったけれど、それ以外はおおむね好評だった。

キッズスマホで写真や動画をたくさん撮られた。
そのシャッター音に不思議なときめきを覚えはじめた自分を、途中からははっきり自覚していたと思う。

「ユマちゃんがペットになってくれたら嬉しいのに」
「ウキ?」
私がチンパンジーになって、レン君に襲いかかるふりをしていた時に、レン君はポツリとこぼした。
変なことを言ってしまったとすぐに思ったのか、ごめんなさい、とあわてて訂正していたけれど。

もともと動物好きで、前々からペットが欲しいとは言っていた。
ご両親がともに忙しく、レン君ががんばるにしても限界があるということで、なかなかその願いはかなわずにいたのだ。

その言葉は私の中の何かをはっきりと刺激した。

今のレン君と同じか少し小さいくらいの頃に読んだ、子供向けマンガのエピソードがある。
ストーリーに大きく関わることもない、ほんの数コマのギャグシーンだったけれど。
主人公の身体が勝手に犬みたいに動くようになってしまうというものだ。
四つん這いで町の中を駆けずり回り、電柱に片足をあげておしっこをするその姿に、うまく言えない胸のざわめきを覚えたのだった。

ずっと忘れていたそんな幼い頃の興奮がよみがえった。
そう、私はあの時確かに興奮していたのだ。
思春期にさえずっと早い時期のことで、ながらく思い出すこともなかった訳だけど。

「動物を飼うって大変なことだよ?」
レン君を前にそんなことを考えてしまった羞恥心と罪悪感で、そんな説教じみたことを言ってしまった。
「分かってる」
「ご飯をちゃんと食べさせて、身体も洗ってあげたり、うんちやおしっこの世話もしないといけない」
「分かってるったら」

その日はそこまでだった。
気まずくなった訳でもなかったが、元のようには盛り上がらないまま、少ししてレン君のお母さんが帰ってきた。
丁寧にお礼を言われ、またね、とレン君と手をふりあって帰途についた。

帰り道、一本の電柱が目についた。
何かのチラシが貼ってあるとかでもない、何の変哲もない一本というだけだったのに、古い記憶が呼び起こされた。
漫画の主人公を真似して、電柱の根元で四つん這いになり、犬のおしっこポーズをとってみたこと。
本当に出すところまではいかず、幸い誰に見られることもなかったのだけど。

もちろんその時の電柱と同じはずもなかった。
それでも、気がつくと私はその場にしゃがみこんでいた。
地面に両手をつきかけたところで我にかえり、足早にその場を立ち去った。

その夜はベッドの中で、レン君のために演じてみせた様々なポーズを反芻しながら自分を慰めた。

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