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森の中で眠る

夜、仕事を終えて家に戻る。

外に備え付けてあるホットタブに入り、お酒かワインを飲みながら、星や、月を仰ぎながらカラダ中にお湯の温もりが浸透していくのを感じる。

日中はときには40度近くにもなるのに、夜になると涼しくてほっとする。どこかで鹿か、小動物が枯れ葉を踏む音が聞こえてくる。

ふと、今年はまだ1度しかキャンプに行ってないことを思い出した。

お店が忙しくて、休みがほとんど取れない。でも、今年はきっとそういう年なんだとあきらめてるし、それで不満があるわけでもない。

いつも一緒に行くキャンプ友だちが、穴場のキャンプ場を予約できたよ!と諦めずに私を誘ってくれる。彼女は他の友達とキャンプを終えて戻ってくると、また次の予定を立てるのだ。カリフォルニアのヨセミテ公園での、マウント•シャスタ郊外の滝のある場所での、または、ユタ州のソルトフラッツまでの道のりの途中でのキャンプ。

テントを張って森の中で眠ることは 心を芯から癒してくれる。そして気がつくと、ハートの中心に「安心感」がどっしりと居座っている。

土が近いから、大地にすっぽり受け入れられているような心地よさ。風が木の葉を揺らし、虫や鳥の声やがすぐそこで聞こえる。そんな環境で眠りに着くと、自分もこの生態系の一部だと自然に感じられるから、こんなゆるぎなさが生まれるんだろうか。まるでしっかりと根をはった大樹のように。自然界は何も心配しない。あるがままで、すべてを委ねて生きている、そんな世界に戻っていくからなんだろうか。

私よりもっと田舎に住む長女の家は 敷地に川が流れていて、彼女を訪ねて行った時には、その川のそばにテントを張った。川のごうごうと流れる音を聞きながら眠ったのは初めてだった。朝起きて、一日が始まっても、川が私の体内を流れているように感じていた。

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ホットタブに 私がいくらでも入っていられるように、夫が温度調節を良い加減にしてくれているせいで、私は夜中過ぎまでお湯に浸かっていたりすることもある。ぼんやりしたり、こうしてnoteを書いてみたり、ワインを飲みすぎたりすることも。だから時々水中に住む動物のように自分を感じることがある。

どんなに疲れて帰っても、翌朝いつも快適に起きることができるのは、やっぱりこの外お風呂のお陰なんだと思う。庭の、フェンスのように立ち並ぶユーカリの木々に戻ってくる鳥達は、突然真夜中にお喋りを始める。流れ星が目の端で消えていく。冷んやりした中に昼間の熱気を残した風が、とろんと頬を撫でていく。お湯の中で、私のカラダはこのうえなくくつろいでいる。

私は今夜、すっかり諦めていた キャンプの予定を立ててみようかと思う。





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