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謎のおまじない

町の食料品店でばったり会った、子供が幼稚園から中学まで仲良くしていた友達の、お母さん。

子供を通じて出会った関係は、彼らが卒業すれば、それ以上に発展することもなく疎遠になっていた。

彼女は、私より年上で、落ち着いていて、それでいて可愛い人だった。

絵に描いたようような良妻賢母だと、私はいつもうっとりしていた。

子供たちへの接し方や、自然な笑顔、たったそれだけのことが、私の心にさえ、温かいものを残してくれた。


ある日の学校行事で、フードブースが校庭に並んでいた日、私の息子の分まで、おやつのお金を彼女の息子に渡していた。
遠慮すると、彼女は、
「いいのよ、これは彼にとって、誰かにご馳走してあげる、与える、っていう喜びを知る機会なのだから。それってとても素敵な体験よね?」
と、言った。

そういったことを言葉にして、表現できる彼女に魅力を感じていた。


久しぶりに会った彼女とは、お互い年齢を重ねてきたせいもあって、エクササイズが大きな話題になった。

ここ数年、私は家で、YouTube を使ってヨガやエクササイズをしているのだと言うと、彼女は自分もそうしたいけれど、家が小さすぎて運動する場所がないわ、と言った。

まさか!?
あなたの家、大きいじゃない。

よく、息子を迎えに行った、豪邸と呼ぶにふさわしい家を思い出して言った。

あそこには マークが住んでるの。
私は今、一人でとっても小さなアパートメントに住んでるのよ。

それで彼女が2年前に離婚したことを知った。
マークは、モト夫、になったんだ。
彼のくったくのない笑顔を思い出して、ちょっとだけ淋しくなった。

でもね、
私もマークも、今の方が ずっとずっと幸せなの。
離婚しても、子供の結婚式には一緒に出たしね、関係も良好よ。


そう言ってから、彼女が私に聞いた。

「今、幾つなの?」

「今年で57になるよ」

彼女はちょっと間を置いてから言った。

「私と6つ、違うのね。あなた、この先、6年で色んなチェンジがあるわよ、色んなことが起こるわよ」
いたずらっぽく言う彼女に、

「え、そうなの?
これ以上いったいどんなことが起こるっていうのかしら?」

言いながら、胸がドキンとする。

そんなおまじない、いらないなあ。

「大丈夫よ、
いい風に変わっていくっていうことよ!
年をとっていくっていうことは、いいことだなあってどんどん思えるようになるの。
自分でコントロールでくることなんて、ほんのちょっとだって心から知れば、どんどん楽になる、
そんな感じよ」

そうね、

私もそれは感じている。
タイムマシンで昔に戻れるって聞いても、興味ないし。

重ねて彼女が言う。
あと、2か月でリタイアするの、そうしたら、もっとエクササイズをするわ、
今は4マイル、週に何度か歩いてるけど8マイルは歩きたいし、ヨガのクラスも復活したい。

私も歩くのは大好き。
近いうち、一緒に歩きましょうと言って 連絡先をアップデートしあって別れた。

買い物をすませて、車に入った私は深呼吸して、目を閉じた。

私の中に不安があるのを見つけた。
変化こそが、この幻想である世界の証。
自分にとって都合のいいことも、悪いこともお構いなしに、現実世界の現れはどんどん変化していくのが常なのに、
私は変化を恐れてるんだなあ。

彼女が言ったように、年をとっていくっていうことは、いいことだなあって、いつも思っているけれど、
自分でコントロール出来ることなんて、ほんのちょっとどころか、全然ないわ、と分かって、どんどん楽になっても、

それでも、

いつまでもこのまま、
このままでいて欲しい。

そう願っている思考が、まとわりついていることに気づいた。

彼女の、
「これから、どんどん変わっていくわよ」と、いう言葉に過剰に反応して、「おまじない」と、力を持たせるくらいに。

そして、同時にその言葉に思いっきり抵抗している。

怖がっている、
恐れている、
不安に感じている・・・

胸のあたり、のどの辺りがきゅっとする。

それを私は感じている。

そして、それを観ている・・・。



すると、ふいと、おまじないが解けた。
彼女の言葉が、薄っぺらになって。

不安も、恐れも、

ま、いっか。

こういうこともあるわよね、と。

そう、誰かが言って。

あ、自分なんだけど(笑)。




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