見出し画像

愛は受け継がれていくものなんだと

3年前の夏、私の母は癌で亡くなった。
身近な人の死というものは、遺された者の人生観をまるで変えてしまうものだと思う。
知らせは父からの電話にて、「びっくりしないで聞いてね」と始まり、もうその父の言葉で私からは自分でも聞いたことのない唸りのような悲鳴のような声がでてきたのを覚えている。

亡くなる一週間前に実家に帰ったとき、あなたはきっとこれからもきっと大丈夫だから、とまるで会えるのが最後みたいなことを言われたから「ママ死なないでよ」って言いかけたけどやめた。未だにあのとき死なないでよって言っていたらもうちょっと生きてくれてたんじゃないかなってすごくすごく後悔している。
旅行も連れて行ってあげれなかったし、これまでありがとうって言えてないし、こっちの意向はまるで無視で人間はある日突然いなくなってしまうことを初めて知った。

当時、私の子供は6歳と3歳だった。
6歳の長女は人の死についてはまだピンときていなかったようだけどババがもういないんだ、って私と一緒に泣いてくれた。
朦朧としながらも慌ただしく葬儀を終え、3歳の息子は普段通り走り回っている。私の喪服のスカートをめくりあげたりお焼香の砂をいじったり相変わらずだった。でも息子を注意する度に自分の神経回路が正常に戻ったりしていたのも確かでホッとする存在だった。

母親が亡くなっても私は変わらず家族のご飯を作り、子供たちの世話もいつも通り。当たり前だ。
大きな虚無感と止めどない哀しみはふと気が抜けたときに襲ってくる。スーパーで買い物しているときや騒いでいた子供たちが一瞬静かになったときなど、自分の意思とは関係なくコントロールがきかなくなった涙腺からの涙ははけ口を探していた。そんな涙腺との生活が何ヶ月も続いたがさすがに3年たった今は買い物中に泣いたりはしていない。

母がいつも居たおうちには今は父が一人で暮らしている。もともと、単身赴任が長くて一人でなんでもこなせている人だったので今でも家はピカピカにしている。ところどころ、母の残した手書きのメモなどまだ冷蔵庫に貼ってあったりしてなんだかいろんは匂いが押し寄せては体がギュッとなる。
そんな家に私は子供2人を連れてよく訪れている。私が娘でいれた場所だ。今も私は両親の娘であり、亡き母が残してくれた愛は父と私を通して確実に子供たちに受け継がれていく。蒸し暑さと共に毎年哀しみと刹那が私を優しく包んでくれる。それでいいと私は思う。哀しみが愛なんだと。

画像1

画像2

画像3

画像4

画像5

画像6

画像7

画像8

画像9

画像10

画像11


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
15
写真家。母。zine "boys in tokyo sentimental"東京の街の写真を撮っています。現在シドニー在住。