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米百俵デー:6/15のコラム

新潟県長岡市が1996年に制定。1870年のこの日(旧暦・グレゴリオ暦では7月13日)、長岡藩へ支藩三根山藩から贈られた米百俵の代金で「国漢学校」が開校したことを記念。

米百俵(こめひゃっぴょう)とは、幕末から明治初期にかけて活躍した長岡藩の藩士小林虎三郎による教育にまつわる故事。現在の辛抱が将来利益となることを象徴する物語として引用される。
「百俵の米も、食えばたちまちなくなるが、教育にあてれば明日の一万、百万俵となる」

教育っていうと、学校のカチカチの勉強のようにとらえられるかもしれないが、もっと広義に意味をとらえるとすれば、私はとても大事なことだと思っている。

私は、あまり頭が賢いほうではないので、自分で教えることができないと思っていたので、子どもたちは塾に行かせ、勉強をいっぱいするように促してきた。当然、お金が底をついてくるし、食べるのもままならない時期もあった。。なんなら、ガスを止められたことがあるくらいで、今なら笑えるけど、本当に悲壮な生活だった。それでも、教育への投資を推し進めた。なぜそこまで教育にって言われるかもしれないが、土地などの財産は残してやれる自信などなかったからだ。教育を、財産として考えれば、こんな投資どうってことないと思っていた。とはいえ、今、思えば、中身は、カチカチのことだったのかもしれないけど。

米百俵の精神なのかなと今日、知れた。

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