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玖磨問わず語り 第11話「怒りんぼ福助」

ヤムヤムの独り言

え~と、この前までの話は、ちぃちぃがセミナーのアイドルになったところで、その後に月ちゃんが旅立ったんやね。
ちぃちぃ、押し入れから出た途端ジェットコースター状態やん。

そや、そや、「もうひとつの別れが進行していた」ってゆうてたやん。
それって、だれなん?
氣になるわ~。

それにしても、桜舎ちゅうとこは、次々といろんなことが起こるんやねぇ。
それは場所なんか、それとも、ひょっとするとアノ人のせい?

玖磨じぃちゃん、今夜もゆるゆる、語ったってよ~。

シニアハウスの面談


ヤムヤムさん、すまんだすな。
オラ、「もうひとつの別れ」の前に、福助さんという猫が桜舎に入居したことを話さんとならんのだした。

オラが桜舎で2度目の春を迎えたある日、ナンリさんは横浜にあるシニアハウスに面会に出かけたんだす。
「シニアハウスを実際に見るのは初めて。専任の医療スタッフや食事サポートさんがいて、一人暮らしのお年寄りでも安心して暮らせるマンションなんですって。そこに暮らすKさんが『80歳を機に、身仕舞として愛猫を任せたい』って言ってきたの。今日はその打ち合わせで、茶々丸君っていう14歳のオス猫さんと会ってくるね~」

月子さんがいなくなって、桜舎はすっかり「オッサンズクラブ」だした。
ズズさん、ミンさん、ちぃちぃさんとオラ、そこへまたもやオス猫とは……。

「ちぃちぃさん、早くも先輩になれるだすな」
「でも玖磨ちゃん、茶々丸君ってボクより10も年上だから、簡単に先輩にはなれそうにないと思うよ」
腰パンブラザーズのオラたちはそんな話をしていたんだした。

「ただいま~、いやぁ、茶々丸君、迫力あったよ~。ちぃちぃの唸り声なんて、全然かわいかったわ。いやいや、ここで苦手意識持っちゃうとまずいわね、リセット、リセット」
「そうだ、まず名前を変えて、イメチェン作戦といきましょう。そもそも、ご家族のKさんが『怒りんぼ』って呼んでたからねぇ。うーむ、彼、お顔は丸くてお目めぱっちり、アイラインくっきりで歌舞伎役者の隈取っぽい。ふむふむ、歌舞伎、歌舞伎と……、どうせなら、やっぱ中村屋がいいわねぇ、勘三郎? 勘九郎? 七之助? あ、いいのがあった、福助。福助さん、芸達者だし、お茶目でかわいいもの。茶々丸君改め福助襲名といたしやしょう、よっ、なりこまや~」

ナンリさん、面会した日に早くも新しい名前をつけてしまったんだす。

福ちゃん、来たる


新しい猫さんを迎える前夜、3段ケージを組み立てて、受け入れ準備を整えたナンリさん。
「この前の面会のとき、福ちゃん、うちのと同じケージを使っていたから、しばらくはここに入って桜舎に慣れてもらいましょう」
ナンリさんは早くも「福ちゃん」呼ばわり、なのだした。



翌日、窓からの眩い桜色の光に包まれた桜舎で、オラたちは福ちゃんの到着を待っていただす。

「ただいま~、福ちゃん、着きましたよ~」
ナンリさんは黒いバッグを抱えて帰ってきたんだす。
「福ちゃんは通院なんかも、このリュックサックで済ませていたそうなの。さぁ、福ちゃん、今日からここが新しいおうち、落ち着くまでこのケージに入ってね」
黒いリュックサックからゆっくり這い出してきたのは、たっぷりした体格の猫さんで、毛色は白地にキジ模様。短いウサギしっぽをひょこひょこ小刻みに動かして、大きな目でぐるりと部屋を見まわしてから、自らケージに入ったんだす。
はぁ~、落ち着いていてたいしたもんだすなぁ。


福ちゃんは、オラたちが見守る中、静かにすぅーとケージの2段目に上がると、ゆっくりと香箱を組んだだす。

「やっぱりケージだと、安心するみたいね。しばらくタオルケットで目隠ししておきましょう」
そういったナンリさん、ケージを横を通るたびにタオルケットをめくっては中を覗き込んでいただす。
「福ちゃん、この前みたいに怒ってないわ。車で移動中もワタシの膝にバッグのまま抱っこしていたんだけど、まったく鳴かなかったし、それよりじんわり福ちゃんの体温と重さが膝に伝わってきたのが、なんかね。前回とギャップがありすぎて、拍子抜けしちゃったというか……」
ナンリさんは、そう言った途端、なにか思い出したらしく、ふいに涙ぐんだんだす。


「Kさんって、とてもテキパキしておられて、サバサバとした物言いをなさる方でね。正直言ってワタシ、まだお元氣でなおかつシニアハウスにお住まいなんだから、福ちゃんを手放さなくてもいいんじゃないかとも思ってたの。面談のとき『ちゃんと責任を持てるうちにちゃんとしたい』というお話だったので引き受けたんだけど、ワタシはKさんのようには到底できそうにないな、とも思ってた。
ところが、今日お迎えに行ってね、事前に福ちゃんをバッグに入れておいてくださったわけだけど、キャリーケースと違って、リュックサックだと顔が見えないでしょ。なので、お節介とは思いつつ『お顔見ずに、このまま行ってしまっていいですか?』ってKさんに尋ねたのよ。そしたら、明るい笑顔でキッパリ『はい、このまま行ってください』って。
そのとき、ワタシ、ホントに気丈な方だなぁと思ったのよ。
でもね、車が走り出してから、バックミラーにKさんの姿が映ってるを見たら……。
Kさん、エプロンを顔に押し当てて、肩を震わせていたの。
そして、福ちゃんがワタシの膝の上で身じろぎもせずいる。
言動だけでその人を判断していた自分が恥ずかしかった……。
ワタシに福ちゃんを託してくださったKさんの思いを裏切らないよう、福ちゃんといっしょに倖せにならなきゃ、って思った」

オラ、久しぶりにナンリさんがオラを迎えに来た日を思い出しただすよ。
あれから、もう1年経ったんだすなぁ……。
ユズコさん、元氣だすか?

続く




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