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猫とショローと 玖磨問わず語り 第7話


ちぃちぃ   その1

ヤムヤムの独り言


玖磨じぃちゃんが月ちゃんを看取ったんやね。
わーはまだ死ぬことも想像もできひんけど、なんとのう死ぬことは、そんなに怖いもんやないような氣ぃがするわ。

月ちゃんが亡くなった日、月ちゃんを桜舎に連れてきたあの男のヒトが桜舎に駆け付けてきたんやて。
氣ぃにかけていたんやろね。
ほいで、玖磨じぃちゃん、頭をなでられて、こう言われたそうや。
「ずっと月ちゃんのそばにいてくれてありがとう」

ナンリさんはこんなふうに言ったそうや。
「月ちゃんは、おじいさんとおばあさんからの贈り物だったんだわ。月ちゃんのためになにかすることが、おじいさんとおばあさんのご供養になったんだと思う。月ちゃん自身あんなにからだがボロボロだったのに唯一生き残って、おじいさんとおばあさんから受け取ったミッションを全うしたのよ、きっと。ワタシも月ちゃんに出会えて本当に、ほんとうに、よかった」

わーにもミッションはあるんやろか?
玖磨じぃちゃんのミッションはなんなん?

おばあちゃんの願い


月子さんが旅立つ前年の秋、桜舎にふたりの訪問者があっただす。
あと数日で、桜の木から葉がすべて落ちてしまうといった平日のお昼、窓からは真っ青な空が見える、そんな日。

娘さんに腕を支えられてやってきたおばあちゃん。
「まぁ、ここはとても明るいお部屋ですね」
「ええ、そうなんです。窓の外にあるのは桜の木で、いろんな野鳥がやってくるんですよ」
「3階でもこんなに自然が近いのはいいですね」
ふたりは東側の出窓に近いダイニングテーブルに座っただす。
「今度はぜひ春にいらしてください。あの窓が桜の花でピンク色になりますから。そして、冬は日光がよく入るので日中は暖房要らずなんです」

「猫ちゃんたち、みんなのびのびして……」
「ええ、全員いろんな事情でここにやって来たんですけど、おかげさまで、みんないい子で助かってます」
「みんな、違うところから来たんですか?」
「ええ、そうです。あの、からだの大きな黒猫は玖磨ちゃんといって、この春横浜から来ました。その後すぐに、この長毛の月ちゃんがやってきました。いっしょのバスケットに寝ている白黒の猫2匹、黒が多いほうがミンちゃん、よくオンナの子と間違われますがオスです。東京の下町からやってきた古株さん。で、白が多い方はワタシが拾った猫でズズです。ズズはいわばワタシの右腕で、生涯保障契約の猫さんを受け入れのベテランですね。なので、今ここには4匹の猫がいます」
「白黒はどっちか区別がつきませんけど、みんな穏やかそうにしていますね」
「ええ、白黒はパッと見では分かりませんよね。あ、あと和歌山の古民家もまもなく改修工事が終わるので、あちらにはすでに2匹の猫が引っ越しました。モンちゃんトンちゃん姉妹といって、最初は多摩市のマンションで私の母と暮らしていた猫たちです。今、ワタシの母とこの2匹が和歌山にいます」


 「まぁ、ナンリさんのお母様はおいくつなんですか?」
「92歳です」
「あら、お母さんより年上だわ。92歳で移住されるなんてすごいですね」
「ほんとに。ナンリさんのお母様はお元氣ですね。私なんて病氣がちで娘に叱られてばっかり。チーちゃんにも悪いわ」
「いえいえ、これからお元氣になればいいんですよ。うちの母はチャレンジャーな部分があって。まぁ、ワタシとしては助かってますが。ところで、チーちゃんは今何歳ですか?」
「外猫だったので、年齢はよく分かりませんが、去勢をした獣医さんには2歳未満だろうと」
「そうですか、かわいい時期ですね。もし、うちに来たら最年少になりますね」



「もし、うちのチーちゃんがお世話になるとしたら、どちらに行くんでしょうか?」
おばあちゃんが身を乗り出して、ナンリさんに尋ねただす。
「和歌山の家は東京から片道7時間もかかるんです。環境はいいんですが、ある意味陸の孤島。一方桜舎でしたら、チーちゃんに会いたくなったとき会いに来れますから、こっちがいいんじゃないでしょうか?」
「会いに来ていいんですか?」
「もちろんです。毎月定期的に会いにいらっしゃる方もいらっしゃいますよ」
 
 
「お母さん、ご親切にそう言ってくださるんだから、チーちゃんをこちらに置いていただいたら?」
「それはそうだけど、チーちゃんはずっと外にいた猫だから、外に出たいんじゃないかねぇ。私は和歌山の方がいいように思うんだけど」
「お母さん、そんなわがまま言わないで」
それでも、おばあちゃんは続けただす。

「ナンリさん、チーちゃんを和歌山に連れて行ってもらうことはできますか?」
「ええ、それはできます。ただ和歌山でも猫たちを家の外には出さないんですよ」
「そうなんですか……、田舎でも?」
「ええ、少し前ですが、野良猫対策の毒団子などの怖いうわさもありましたし。猫も住みにくい世の中になってるようです」
「そうですか……」

おばちゃんの逡巡


「でも安心してください。たとえばあの黒猫の玖磨ちゃんもここに来るまでは毎日お外に出ていましたけれど、今はご覧の通りです」
お、オラのことだすか?
 
「あの大きな黒い猫? ゆったりして、ずいぶん寛いでいるようですね。外に出たがりませんか?」
「ええ、出たがりませんね」

  

玖磨じぃちゃん


「そうそう、週末はここでセミナーを開催するので、全国から猫好きさんがたくさん来るんです」
「あら、うちのチーちゃん、大丈夫でしょうか?」
「猫好きばかりなので心配いりません。ひょっとしたらチーちゃん、アイドルになってしまうかも、ですよ」
「そんな、チーちゃんに務まるかしら? 心配だわ」
「お母さん、またそうやって心配ばかりするから病氣になるのよ。このお部屋も居心地がいいし、ここの猫ちゃんたち、みんなしあわせそうですもの。ナンリさんにお任せしましょうよ。そのほうがチーちゃんもしあわせになれるわよ」
 

ズズさん


そのときズズさんが、スタスタとテーブルに近づいていったんだす。
そして、椅子に浅く腰かけていたおばあちゃんの膝に前脚をかけると、
「ニャー」
と一声鳴いたんだすよ。
 

「まぁ、挨拶してくれたの? かわいいこと」
そう言ったおばあちゃんの表情はふわっとゆるんでいたんだす。
「お母さん、この猫ちゃん、たしかベテランさんよ。『任せて大丈夫』って言ってくれたんじゃないの?」

ズズさん、さすがだす。
 
「この猫はもう20歳になるんですよ。さっきも言ったように、これまで20匹くらいの猫を受け入れてきています」
「20匹も? ケンカとかはなかったですか?」
「そういう氣配があれば部屋を隔離します。でも最終的に猫同士でちゃんと折り合いをつけていきますね。ズズは野良生活が長かったので、猫社会に精通してるような感じで、全体をよく見てると思います、まぁ、これって親バカみたいですけど……」

左:ミンちゃん 右:ズズさん

「いえいえ、たくさん猫を見てきたナンリさんがおっしゃるなら、きっとそうだと思います。それに20歳とは思えないほど、毛艶もよくて、目がきれいな猫ちゃんですね」
「ありがとうございます。ズズさん、よかったね」
 
ズズさんを撫でていたおばちゃん。
「どうして、こちらはこんなにいい子ばかりなんですか?」
「さぁ、どうしてでしょう? 特別なことはなんにもしてないんですけど……」
 
 
帰り際、おばあちゃんが、ホットカーペットの上のオラたちに頭を下げて、
「みなさん、うちのチーちゃんをよろしくお願いします」
と言ったんだす。

オラの横で、ぐぅすーぴー、ぐぅすーぴーと寝ている月子さん。
ズズさんとミンさんはお互いに毛繕い。
秋の日差しが桜舎のリビングを柔らかく包んでいただす。

ユズコさん、元氣だすか?
オラ、ユズコさんにも桜舎を見てほしいだす。

続く


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