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玖磨問わず語り 第6話



ヤムヤムの外出

ある日、わーはネコクス舎を抜け出したんよ。
一応、かぁやんとにぃやんに今の暮らしを教えとこ、思うたんや。

あら、ヤムヤム、お帰り。
お外はどうだった?
はい、ここから中に入って、お帰り、お帰り。
2日後、わーが家の中を覗き込んでいると、ナンリさんがすぐに氣づいて戸を開けてくれたんや。
「お帰り」って、いい響きやな。
ほんでも、とにかく、ごはん、ごはん。
みんなの食べ残しがあって、ホッとしたわ。
玖磨じぃちゃんのテントにもジャンプして入って、食べたんよ。

あら、ヤムヤム、きれいに片づけてくれたわね。
あぁたがいるとお皿洗いが楽だわ。

食後、くまホーム前でくつろぐ

かぁやんには会えたけど、にぃやんはいなくなっとった。
わーのように、どこかの家に入ったんやろか?
かぁやんは「知らん」ゆうとった。
「それよりアンタ、今の家が悪くないんやったら、はよ戻り。ときどき様子見に行くわ。今後のこともあるしな……」
今後のことって、なに?
ま、そのときになったらわかるやろ。

看取り猫

熱中症


月子さんが来た翌年は、3月に東日本に大きな地震があった影響で、桜舎でも節電生活を余儀なくされていたんだす。
「暑いわねぇ。でも、エアコンは電力食っちゃうから、我慢しなきゃね」
那智大社のウチワをパタパタと仰ぎながら、パソコンに向かうナンリさん。
窓の外の桜は、つややかな濃いグリーンの葉をいっぱいに広げていただす。

そんなある日、月子さんが急に「はぁはぁ、ぜぃぜぃ」と荒い息をし始めたんだす。
舌を出して苦しそうだす。
月子さん、大丈夫だすか?

「月ちゃん、どうしたの? 大変、すぐに病院に行かなきゃ」
ナンリさは月子さんをサッとバスタオルで包むなり、足早に出かけて行っただす。
ドキ、ドキ、ドキドキ、月子さん、苦しそうだっただすなぁ。

「ただいま~。月ちゃん、熱中症でした。獣医さんに『いくら節電って言っても、老猫がいたらちゃんと冷房つけて体温調節しなきゃダメじゃないの』って叱られてきました。みなさん、ごめんなさいです」
月子さんはぐったりとして疲れた様子だしたが、もう喘いではいなかっただすよ。ところが、オラ、キャリーケースから出てきた月子さんを見てびっくりだす。

「獣医さんにね、『ただでさえ高温多湿の日本の夏は長毛猫には過酷です。サマーカットしてからだをラクにしてあげましょう』って勧められたの。毛玉もあったから、ついでにみんなカットしてもらって、すっきり、この通り」
月子さんはまるで小さなライオンのようだした。

「今日の診察で、月ちゃんのぜんそくについても先生から提案があったの。そもそも、ぜんそくのせいであんなに呼吸がしんどかったんだわね。とにかく今日から、月ちゃんのお薬をスタートするので、みんなも協力よろしくです」
なんりさんはやるべきことがハッキリするとそれに邁進して、過去にこだわらないタイプだした。
反省はしても悩まない!
深刻にならず、真剣に!
これでいいのだ!
他人が何と言おうと、ワタシはこのやり方でいく。
ナンリさんはそう宣言すると、エアコンの冷房スイッチを入れただす。

「そうかぁ、月ちゃんのいびきが実に豪快だったのは、ぜんそくだったからなのね。なるほど、なるほど」
ひとりで大きく頷くナンリさん。

夏の終わりには、サマーカットした毛が伸び始め、ぜんそくもいい具合に薬が効いたようだした。
オラにとって桜舎での2回目の秋。
月子さん、桜舎の秋もいいだすよ。

深夜の窓辺


そのころには、オラ、ナンリさんの顔横で寝るようになっていたんだす。
ズズさん、ミンさんは脇の下や股の間にすっぽり入り込んでいるだす。
これじゃ、身動きとれないよ~。
でも、なぜ猫たちが父のまわりに寝たがったのが、今ならわかるわ~。

そして、月子さんは最初のころのオラのように、ベッドには上がらずにいたんだす。
でも他の部屋ではなく、みんなと一緒の寝室にいたんだすよ。


ある晩、ナンリさんがベッドからいなくなってたんだす。
オラ、ベッドに寝そべったまま、耳を澄ますと、リビングの窓付近から声がしたんだす。

「ちゅき、今夜は満月、きれいだね」
「グーフー、グーフー、グルル~」

「ちゅき、今の、見た? 大きな流れ星だったね~」
「グーフー、グーフー、グルル~」

「ちゅき、ちゅき、お月様。
今夜の夜空のお月様、ちゅきの大好きなおじいさんとおばあさん、ちゅきを見守ってくださいね」

「グーフー、グーフー、グルル~」

毛が伸びてきた月ちゃん

おむつ

冬になったころ、月子さんはおしっこが漏れるようになって、また病院に行っただす。
「今日の診察で、月ちゃんのおしっこが漏れる原因が分かったの。『馬尾症候群』っていって、骨盤が変形したために尿意が感じられずに起こるんだそうよ。先生からは、おむつを付けるようアドバイスされたんだけど、月ちゃん、どうかな?」
そう言って、ナンリさんは猫用おむつを月子さんにエイヤッと履かせたんだす。

「あら、月ちゃん、ホットパンツみたいで似合うよ。先生が言ってたけど、おしっこに匂いは本人にもストレスになるらしいの」
でも、月子さんは無言のまま、険しい目をしていただすよ。

おむつを

でも、月子さんのおむつはあまり長くは続かなかったんだす。
「ニンゲンならまだしも、長毛だとおむつかぶれしちゃうんだね。ごめん、ごめん、もうおむつは止めよう」
ナンリさん、今度は部屋中にペットシーツを敷き詰めたんだす。
「これで、おしっこ漏れも怖くない。月ちゃん、どこでもトイレですよ~」

おむつから解放された月子さん、以前の穏やかさに戻ったんだす。

月に帰る月子さん


窓から見える桜の葉が、全部枯れ落ちて幹と枝だけになったころ。
窓から差し込む冬の光を浴びて、ホットカーペットに横たわった月子さんは1日中うつらうつらしていただす。
その空間だけ、「シーン」とした空氣。

オラは、なぜかからだの奥底から無性に月子さんのそばにいなければ、と思ったんだす。

静かに近寄って、月子さんのすぐ横に……。
グーフー、グーフー。

月子さん、なにか言いたいことがあれば、オラ、聞くだすよ。
グーフー、グーフー。


年が明けると、月子さんは立てなくなったんだす。
オラは、相変わらず月子さんのそばにいただす。
オラにできるのはそれしかなかったから。

立てなくなってから、ふたたびおむつをつけた


そして、今日からまた猫セミナーが始まるという日の朝だした……。
明るいお天道様の光の中、月子さんの瞳が徐々に暗い洞窟みたいに変化していったんだす。
オラ、ずっとそばでその様子を見てたんだす。

あぁ、こうしてあちら側に行くんだすな。
しずかなもんだすなぁ……。

月に帰る月ちゃん

最期、月子さんは倖せそうだした。
「これで、おじいさんとおばあさんのところに行ける」
オラには、こんなつぶやきが聞こえたんだす。
月子さん、よかっただすな……。

こうして、月子さんは、オラが看取った最初の猫となったんだす。

続く

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