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脳が読みたくなるストーリーの書き方:リサ・クロン著、より学んだこと

「脳が読みたくなるストーリーの書き方」リサ・クロン著、府川由美恵翻訳、2016年、株式会社フィルムアート社出版、を読みました。著者の出版・TV・映画脚本の世界での経験、脳・認知科学での最新の研究成果、本や映画の実例・引用などをもとに、どうして人はストーリーに引き込まれるのか、ストーリーを書くうえで大切なことは何か、を伝えています。

クロン先生が大学の先生であれば、一年間でストーリーを教える学科の内容を一冊の本にまとめたような感じです。いろいろなことが書かれて、散文的でもあったり、一度読んだだけでは吸収できず、ストーリーについて考える折々で、ヒントになるところを読み返していこうと思います。

ここでは「ストーリーとは何だろう?」というテーマで、自分なりに勝手に理解したことを、メモとしてまとめました。原書の順番や構成からは離れて、一人の読者としての整理になります。書き始めたら、自分自身の「ビジネスストーリーライティング」での「問い」「テーマ」への想いがめぐって、長くなってしまいました。引用は原書を参照しています。

WIRED FOR STORY : The writer's guide to using brain science to hook readers from the very first sentence - 1st ed. Lisa Cron, 2012, Ten Speed Press


脳が記憶しシミュレーションするカタチ

人(読者)の脳には、ストーリーとして理解するカタチ(枠組み)があり、それは表現されている文字や映像というよりも、その下敷きになっているもの。

"… there is an implicit framework that must underlie a story …"

WIRED FOR STORY, Lisa Cron - p3

"What has us hooked is something else altogetehr, something that underlies them, …: story, our brain understands it."

WIRED FOR STORY, Lisa Cron - p5

脳は、人が生物的・社会的に生存していくために、ある状況から未来に起きそうなことを事例として記憶し、シミュレーションして備えることができるようにする。その事例は、自分の経験からつくられるものもあれば、他の人々の経験から、あるいは架空の創作からのものもある。この脳が記憶して経験をシミュレーションできるようにするのがストーリー。

"Story is what enabled us to imagine what might happen in the future, and so prepare for it…"

WIRED FOR STORY, Lisa Cron - p1

"Story is the language of experience, whether it's ours, someone else's, or that of fictional characters. Other poeple's stories are as important as the stories tell ourseleves. … Stories allow us to simulate intense experiences without actually having to live through them."

WIRED FOR STORY, Lisa Cron - p8

ストーリーには主人公が必要。脳は読者を主人公にする

小説を書く方にはあたりまえのことかもしれませんが、ストーリーには「主人公(the protagonist)」が必要です。それは脳が自分(読者)を「主人公」として情報を編集し、受容するからのようです。企業やビジネスで書くストーリーだと、商品や技術、組織といったモノやコトを中心に据えがちなので、このあたりまえのことに感銘しました。

"Rather than recording everything on a first come, first served basis, our brain casts us as "the protagonist" and then edits our experience with cinema-like precision, creating logical interrelations, mapping connections between memories, ideas, and events for future reference."

WIRED FOR STORY, Lisa Cron - p8

脳は、起こった事柄を客観的に時系列で記録するのではなく、主人公を中心として情報(memories)、考え方(ideas)、事象(events)の論理的な相互関係を紡いでいきます。そのため、ストーリーの対象はコト・事象(something)ではありません。

"… a sotry is not just something that happens. … A story isn't even something dramatic happens to someone, either. … A story isn't even something dramatic happens to someone."

WIRED FOR STORY, Lisa Cron - p11

ストーリーは主人公の内面的な旅、目標・挑戦、成長

これも文芸の世界ではあたりまえのことかもしれませんが、ストーリーは主人公の「内面的」な旅である、とコリン先生は強調しています。

"Stories are about how we, rather than the world around us, change. … Thus story … is an internal journey, not an external one."

WIRED FOR STORY, Lisa Cron - p11

ストーリーは、ただの旅行ではなくて、困難な目標(ゴール)を達成しようとする主人公がいて、そこで起きる外部の事象が主人公にどのような影響を与え、その結果、主人公がどのように成長(変化)するかについて書かれたもの。

"A story is how what happens affects someone who is trying to achieve what turns out to be a difficult goal, and how he or she changes as a result."

WIRED FOR STORY, Lisa Cron - p11

わたしが勤務した企業の採用インタビューでは、候補者に「もっとも困難な課題を克服した経験を話してください」とお願いすることがありました。クロン先生の本を読んで、これはまさに「あなたのストーリーを話してください」ということなのだ、と再認識しました。

"Stories are about people dealing with problems they can't avoid -- sounds so elementary, doesn't it?"

WIRED FOR STORY, Lisa Cron - p87

「内面的」な旅というのは、採用インタビューの文脈でとらえると、単に客観的な結果がどうなったか、ということよりも、また、その結果が成功でも失敗でも、そのチャレンジを通じて何を学んだか、ということが大切。

"The only true voyage of discovery … would be not to visit strange lands but to possess [new] eyes."

WIRED FOR STORY, Lisa Cron - p73

ストーリーの「問い」、主人公が内面的に克服すべき課題

ストーリーは、主人公のチャレンジについて書かれたものであるとして、次に、クロン先生は、そのストーリーの根底にある「問い(Question)」「Point」が最も重要であるとしています。ストーリーは脳がシミュレーションするプログラムとすると、「何について」("What is this book about?")のストーリーなのか、そのストーリーの「価値」("the defining element")はなにか、「どのような目標と状況のときに参照」するストーリーなのか。「Point」とは、イイタイコト、命題、論点、核心、教訓のことかなと思案しています。

わたしがビジネスストーリーに取り組むときにも、「なぜ〇〇は△△となったのか」といった「問い」をまずテーマとして立てると、取材方針も明確になり、書き下ろしていくときにも指針となってくれます。

"Thus your first job is to zero in on the point your story is making. … A story is designed, from beginning to end, to answer a single overaching question."

WIRED FOR STORY, Lisa Cron - p25

ストーリーは何が起こったかの記録ではなく、主人公がゴールを達成したかどうかについて伝えるものでもない。ストーリーは、主人公がゴールを目指して内面的に克服しなければならない課題について、そして、その過程で主人公が何を学んだか、だとクロン先生は説きます。

"The story isn't about whether or not the protagonist achieves her goal per se; it's about what she has to overcome internally to do it. … I call it the pratagonist's issue."

WIRED FOR STORY, Lisa Cron - p27

"… what the protagonist is forced to learn as he navigates the plot is what the story is about."

WIRED FOR STORY, Lisa Cron - p31

「内面的に克服」しなければならないことは、「対立(conflict)」として現れます。外部環境からの制約と主人公の信条との摩擦であったり、主人公が大切にしている価値と別の価値との葛藤であったり、ゴールを目指すうえで犠牲にしなければならない何かであったり。

"Conflict is story's lifeblood … conflict that is specific to the protagonist's quest." … "What will it cost her in the process?"

WIRED FOR STORY, Lisa Cron - p18, 20

ビジネスのストーリーでは、「内面的に克服」しなければならない「対立」は、目標を達成するうえでの「トレードオフ」が多いように思います。採用インタビューで「課題克服」のストーリーをうかがうときには、例えば、「納期」と「品質」というどちらも重要な価値の板挟みになったときに、どのように考えて対処したのか、という内面的な思考プロセスと学びを知りたいのです。その候補者が実際に取り組んだリアルの事象自体は、新しい勤務先ではそのまま再現しないので、採用後に発揮できる経験・教訓(いわば脳のプログラム)に価値があります。

超具体的に。状況・行動・結果の因果関係

ストーリーで伝える価値は、人間的な問い、命題、論点、価値、教訓などの普遍的なものにあるのですが、人間は抽象的に考えたり、その普遍的なものを抽象的なままでは伝えられないようです。

"… only when embodied in the very specific does a universal become accessible. … It's only when expressed through the fresh-and-blood reality of a story, that we're able to experience a universal one-on-one, and so feel it."

WIRED FOR STORY, Lisa Cron - p33

ストーリーは「主人公の内面的な旅」、抽象的な「命題」についてですが、それを伝えるためには、逆説的になりますが、内面を語るのではなく、読者がきわめて具体的な映像として観察できるように表現する必要がある、のだなと理解しました。

"We don't think in the abstract; we think in specific images. Anything conceptual, abstract, or general must be made tangible in the protagonist's specific struggle."

WIRED FOR STORY, Lisa Cron - p103

"The story is in the specifics."

WIRED FOR STORY, Lisa Cron - p105

そこで重要になってくるのが、「内面的」なことと「外面的」なこととを、どのように関係づけるか。人間の脳が、その経験・教訓をストーリーとして受容するための構造になります。コリン先生は、その鍵が「因果関係」だと説きます。

"From birth, our brain's primary goal is to make causal connections -- if this, then that."

WIRED FOR STORY, Lisa Cron - p144

「因果関係」というのは、出発点と到達点とのつながり、「なぜ」そうなるかの理由です。人間の生物的・社会的な生存に関係してくる「因果関係」を、脳はプログラムとして蓄積していこうとするし、そうした「因果関係」を発見していくことに人間の脳は興味を持つ。その知識を活かして、よりよい未来を創っていいくのが人間なのですね。

"While a few other species take a rudimentary stab and predicting what might happen next, we alone try to explain why. Understanding why "this" caused "that" is waht allows us to anticipate what might happen next and decide what the hell we're going to do about it. It lets us theorize about the future and, better yet, try to change it to our advantage."

WIRED FOR STORY, Lisa Cron - p145

「因」と「果」については、いろいろな対象や切り口がありそうです。コリン先生が説いていることに思いをめぐらせて、読者としての自分なりには、次のような学びをしています。

  • ある「状況」(外面的)において、主人公がとる「行動」(外面的)には、因果関係として主人公の「理由」(内面的)がある。なぜ、Why?

  • 主人公の「理由」の下敷きには、その主人公がもっている「ロジック:IF, THEN, THEREFORE(こういう状況でこのように行動すると、このような結果になる。だから、このように行動する)」がある。

  • 読者は、ある「状況」で主人公がとる「行動」について想像するが、語られるストーリーのなかでの主人公の「行動」が読者の想像とは異なる場合には、「なぜだろう」と考える。ストーリーではそれを解き明かさなければならず、解き明かされた「因果関係」は読者の学びとなる。

  • 主人公がとる「行動」(外面的)と、その行動がもたらす「影響」「結果」(外面的)との間には、「因果関係」がある。

  • 主人公は、ある「目標」を目指して「行動」するが、その帰結としての「結果」は、主人公の「目標」に対して十分だったのか、道半ばなのか、失敗なのだろうか。それは何故だろうか。

「主人公が直面する課題を乗り越えていく内面的な旅」がストーリーですが、それは始まりから終わりまで、具体的な状況(外面的)、判断(内面的)、行動(外面的)、結果(外面的)、評価(内面的)の因果関係を具体的に、そして、読者に面白く、読みやすく紡いでいくもの、と学びました。主人公を中心として展開する具体的な因果関係の連鎖のなかに、主人公の問い・命題・課題、そして伝えたい普遍的な命題・テーマが秘められている、のですね。

"Action, reaction, decision -- it's what drives a story forward. From begging to end, a story must follow a cause-and-effect trajectory …"

WIRED FOR STORY, Lisa Cron - p147

"A story is the shortest distance between two points -- the point where the story question shifts into play and th epoint where it's resolved. However, the shortest distance between these two points is often a very circuitous route indeed. … it's about being aware of everything -- past, present, and future, internal and external -- that affects the protagonist's struggle, each step of the way."

WIRED FOR STORY, Lisa Cron - p14

本書を読んで、あらためて前職の企業理念・行動指針(リーダーシッププリンシプル)、マネジメント・企画手法(ナラティブ、Working Backwards)、採用・人材育成手法(行動に基づいた面接、評価)への、関心を深めました。米国の認知科学、ストーリーとマネジメントのイノベーションは、つながっているのかな。自分らしいビジネスストーリーライティングを育てていこうと思います。


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