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短編小説『私の青い睡蓮』

泥の中で育ち、花を咲かせる青い睡蓮になりたい。

机に伏して寝ていたら、この先どれほど読めるかもわからない、積み上げられた参考書が崩れてきて、埋もれてしまいそうな気がして、ふと思った。
そろそろだめかもしれない、と、思うたびに、神代植物公園の温室近くに咲いていた、青い睡蓮を思い出す。

私の好きな深い青。
神秘的で、穏やかなたたずまい。

私にとっての泥の主な成分は「孤独」だ。
若いころは、皮膚の病だったせいで、自分で鏡を見るのも怖いくらい、醜い姿だった。
だから一生、誰にも愛されないだろうと、決めてかかっていた。

泥のなか、太陽の光さえ見えもしない。
希望が絶望に、夢が嘲笑に、なってしまったかのような闇にいた。

けれど闇がかすかに暖かいのは、泥にさえ太陽の光は変容をもたらすから。
そのぬくもりを信じて、真っ暗闇で芽を出し根を張って、ただ生き続けた。

生き抜くことに意識を集中していれば、知らぬ間に泥を抜け、光に満ちた場所まで成長していく。
私は、医療の手も、人の手も、一切借りずに、あんなにひどかった皮膚の病を、食事を徹底して改善していくことで、三年かけて完治させた。

それから、遅咲きながら恋愛もたのしめた。
愛されないことに、恐怖を感じなくなった。
今でも、私が私を愛する以上に、私を愛してくれる人は、この人生では現れないだろうと考えると、胸がチクりと痛むけれど。

でも、こう考えるようになった。

泥があるから、私はここにいる。
それはここに、光があるのと同じくらい尊い。


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