曲の独自解釈

4.クリープハイプ


ご機嫌いかがでしょうか、なのすずです。
クリープハイプの曲。
少しでも、1曲1曲が会うべくして会う方に巡り会えますように。

風にふかれては、「死にたくなった」という感情もそのきっかけの行動も否定しないけど、ただただ寄り添おうとすることで救いになる、そんな優しさのある穏やかな曲。ドラムは街で活動している様子、そこでの嫌なことが1つ1つ積み重なる音をベースが、歌は身投げしようとする人にただ寄り添い、風がふく音はギターとハミング。最後の一節に本音が詰め込まれていて、聴いた後に深呼吸して生きることに思考が傾く。

転校生は、「大人」に人生を振り回される子供にしてみれば、小さい身体の中に色んな悩みや辛さを抱えて生きていることを考えさせられる曲。ドラムはどう足掻いても覆らない現実の中で、大人の言い分を聞かされている気になるベースと子供が自分の中で抱え込んだ言いたいことを伝えてくるギターと歌。「大人になったら何でも出来るから」が痛い所をついてきて、子供視点ならではの「大人」への皮肉が篭められている。

かえるの唄は、悪役のためにある悪役の指南書に見せかけて悪役を押し付ける周りへの毒も篭められている曲。ベースが悪役としての流儀に則った動きして、そんな悪役を手のひらの上で転がせている気になっている周りをギターが、それによって状況が上手いこと転がる様子をドラムで、歌は世間話と見せかけて悪役が有利になるように状況を逆転するよう誘導する。「大体最後はこうやって」の部分が、王道の物語に対するアンチテーゼになっている。

ATアイリッドは、寝ることで現実逃避──に見せかけた、自分の夢の中だからこそ自由に憧れの存在と恋ができるという純真さの一方で狂気を孕んでいる曲。ギターは現実に引き戻そうとする生活音、それでも夢の中に入り込んでいく様子をドラムが、ベースは一瞬とも永遠ともとれる夢に翻弄されているようで、掛け合いのような歌には夢でありながら現実味を感じる。純真さには一種の狂気じみたものが孕んでいるし、その純真さが暴走した時ほど取り返しがつかない怖さを感じた。

身も蓋もない水槽は、日常的に何か嫌なことがあると余計に周りの音や瑣末なことも癪に障り、一気に溜め込んだ文句を吐き出している曲。ベースは過去を回想しているようで、その沸々とした鬱憤や気に障る1つ1つをギターが、そういう鬱憤などをぶつけている様をドラムが、歌はまるでSNSの愚痴アカウントに打ち込んでいるよう。「知らない奴が──」の所で、その前に持ってくる言葉を「自分を」にするか「事情を」にするかで大分捉え方が違ってくる。

まずはこの5曲まで。
私は風見鶏のように気まぐれなので、増えたり書き換えていたりとひょこひょこ変わります。
自分の色を出さないように、自分の感性と言葉を捻り出して書き出しました。
個人的な独特な視点での捉え方もましましなので、お口に合うも合わないもそれぞれで受けとめて頂ければ幸いです。

なのすず

【最終更新:2023.8.26 07:13】

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