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英国NMEによる「転校生ナノ」レビュー

英国を代表するエンターテインメント メディアであるNMEのアジア版に掲載された「転校生ナノ」シーズン2のレビューを和訳したものです。


2020年にタイ国内で発生した学生達による反政府抗議活動に関連付けながら、ナノが何故タイ及び海外の若者達から熱狂的に支持されるのかを考察する興味深い内容となっています。



「転校生ナノ」シーズン2は、バッドスチューデントのムーブメントで変革されたタイを如何に反映しているか

悪魔のようなナノは、2020年にタイの現状を混乱させた学生達のムーブメントに続き、残酷なNetflixシリーズのシーズン2として戻ってきました


ネットフリックスで5月7日にセカンドシーズンがリリースされ、アジア各国での視聴トップに輝いたセンセーショナルなドラマ「転校生ナノ」を理解する為には、先ず、タイという国を理解する必要があります。
あるいは、少なくても、若者達に先導された街頭の抗議運動と「バッドスチューデント」のムーブメントが巻き起こり、学生達が疑問に思ってはならないとされてきた常識に疑問を投げかけ、保守的な大臣を辞任させる為に制服を着たまま文部省までデモ行進した、2020年という年のタイを理解する必要があります。


「転校生ナノ」が最初にリリースされたのは2018年でしたが、それは抗議運動が激化する以前の話しです。 新しいシーズンは 伊藤潤二のホラー漫画「富江」とフォアキン・フェニックスの「ジョーカー」に影響された、復讐のファンタジーという不気味な外見を持った破壊の物語と共に、2020年の反体制・反ベビーブーマー運動に便乗したものとなっています。


ナノは人々に屈辱を与え、傷口に塩を塗り、暴徒を煽り、殺人を引き起こし、現状をひっくり返します。 しかし、彼女の究極の攻撃対象は、忖度により罰せられない人々や制度化された抑圧です。 だからこそ「転校生ナノ」は、現在のタイの状況を踏まえながらも、タイ以外の地域の視聴者、恐らくは各々の置かれた状況下で体制への不満を抱え、うんざりして怒りを覚えている若者達の琴線に触れたのです。


視聴者には、ナノが、実際のタイに似た社会と、人間のルールが通用しないファンタジー領域の両方で活躍する悪魔の娘、ということは分かっています。 あるエピソードで彼女は、高校生のプレイボーイを誘惑し、彼を妊娠させる事で罰を与えます。 又、他のエピソードでは、しごきの儀式で殴り殺されますが、恐ろしい復讐の為に生き返ります。 実際の事件をベースにした別のエピソードでナノは、スピード違反事故で数人を殺した金持ちの甘やかされた少女を追いつめます。 そして、モノクロで撮影された「解放」というタイトルのエピソードでは、学校のルールブックに火をつけ、独裁的な教師に反抗するように従順な学生を覚醒させます。

 
切り揃えられた不気味な前髪といびつな笑いと共に、ナノの存在は不可解ですが、それは意図的な不可解さかも知れないし、あるいは何の意図もないのかも知れません。 彼女のイデオロギーは混乱しており、流血をもたらす冷酷さと狂気は、ファシズム的なものと紙一重でもあります。 それでも、固まった血だまりの中に、ネットフリックスで試聴する各国のジェネレーションY-Z世代の若者達は、勝利者の歓喜と、待望した正義感が見出し、楽しんでいるのです。


“バッドスチューデントは変革を求め、ナノは流血を求め、最後に笑う者を目指す”

「転校生ナノ」が芽吹いた肥沃な土壌とも言えるバッドスチューデントのムーブメントに話しを戻しましょう。 タイ語でNakrian liewと書かれた横断幕を掲げた高校生のグループが、保守的な政府に反対する2020年半ばの街頭抗議運動の大きな部分を占めました。 そして、昨年2月には若い有権者に人気が高かった進歩的な政党である新未来党が、物議を醸す裁判結果により解党させられました。 これも、広範囲にわたるフラストレーションの原因となりました。


しかし、抗議運動とバッドスチューデントの出現は、国政だけが原因ではありません。 それは、文化に対する反発、地殻変動的な世代の交代、そして、窮屈な構造と保守的な家父長主義により疼き続けた傷の表れでもあると言えます。 「バッドスチューデント」という横断幕は、政府や学校が掲げる「善良でモラルある生徒」というスローガンを崩壊させる為の意図的な挑発です。


このムーブメントは、髪型や制服、あるいは教育政策の改訂や新しい選挙といった長い間崇拝されてきた規則を変革したいという要求を高めました。
バッドスチューデントでは男子学生よりも雄弁な女子学生の方が活動を盛り上げていましたが、彼女達は「転校生ナノ」でも取り上げていた教師によるセクシャルハラスメントという問題も訴えかけました。


バッドスチューデントたちは、権力者達を嘲笑しつつ挑戦し、不遜なユーモアを投げかけながら、カラフルでありながらシリアスで、悪戯っぽくありながら力強い街頭抗議運動を続けました。


抗議の熱気が冷めてきても、世代間のギャップは大きいままです。 抗議活動家のリーダー達は、老いも若きも、警察に召喚されました。 ある16歳の若者は、君主制を侮辱する事を犯罪とする1世紀前に出来た法律によって、不敬罪に問われ、懲役刑に直面する可能性があります。 抗議運動のピーク時に、多くの大学生が広範な取り締まりで逮捕されました。 一部の主要な運動指導者は投獄され、保釈は拒否されました。 パンデミックは言うまでもなく、リーダーシップを失った抗議運動の勢いは失速しました。 要するに、今も、あるいは近い将来も、大人達は子供達が勝つことを許さないのです。 

これらの出来事に続いて「転校生ナノ」はリリースされました。 ナノは赤い唇と復讐と共に登場します。 彼女は何かを要求するわけではなく、個々のエピソードに現れ、誰か、あるいは何かを罰しようとします。 忖度による見て見ない振りが横行する時、彼女の狙いは校庭を流刑の地に変えることです。 


しかし、注意深く見てみると、ナノはバッドスチューデントを擬人化した存在ではありません。 むしろ、彼女は誇張化されており、スタンドプレーを好みます。 バッドスチューデントは変革を求めましたが、ナノは流血を求め、最後に笑う者を目指しているのです。 そして、彼女が罰を与えた人間達が過去そうであったように、彼女は人間のルールを超越する特権を得ているので、罰せられることはありません。


彼女は非人間な存在であり、その復讐は、人間の実世界の苦しみから生まれたものではありません。 シーズン2の頂点とも言える「開放」のエピソードは、文字通り混乱しており、独善的なので、ナノが権利や正義といったものに興味が全くないということが分かります。

「転校生ナノ」は、悪夢と言える物語だと思いますが、それは忖度される権力者がタイ(あるいは世界中)を支配する時代においては娯楽性のある悪夢となります。 しかし、視聴者は、個人的にストリーミングするスクリーンの上で悪夢のスリルを楽しみつつ、目覚めてみれば、全ての現実の方が余程恐ろしいということに気付くでしょう。


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