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長月を振り返る

 中秋の名月。ひと月ほど前にこの日だと知ってから昨晩まで覚えていたのに、いざ目の前に立つときれいだなあと思うのみに留まっていた。月の写真を撮っている人に声をかけてもらえたおかげで、今日もひとつ季節を味わう。

 友人ふたりは、それぞれ食べ物の好みが異なる。その中間に立つわたしは、二人と会うと普段口にしないものを食べる機会が得られるからラッキーである。今月は外でお茶を飲む機会が多かった。この前の日曜は、お茶の時間には遅めの夕暮れ時に甘味処に吸い寄せられて、ひとまず一服。たしか某新聞紙で、ビジネスマンの新しいカフェイン摂取の方法として、抹茶を携帯することを紹介していた気がする。歩き疲れた体にお茶の渋味が心地良かった。

 遡ること半月。友人Aと立ち寄った喫茶店では、深煎りのアイスコーヒーを頼んだ。その日は念願の骨董市へ。散々歩き回った上に、友人との会話も弾んで、日頃の低空飛行と比べるまでもなくエネルギーの消費が著しく、一時的な体力回復にほどよかった。わたしたちが席についてから開口一番に、コーヒーしかないけどいい?と訊ねた女性店主の潔さにも痺れるものがある。

 次の週はもう一人の友人と連れ立って、この土地で財を成した某氏の邸宅へ。豪華な佇まいの本館と対を為すような枯山水の庭園をぶらついて、ふと、百日紅の木の幹が目に留まる。枝が高く伸びていて、見上げると白い花を咲かせる品種だった。白い百日紅の花は写真で目にしたことがある程度で、肉眼では初めて見た。紅白が並んで咲くところを眺めると、白い花弁はその形の繊細さがより際立っていたように思う。この日はケーキを一日で三つ食らい、七日前と同じように雑談に興ずる。

 自宅の庭では、すっかり枯れてしまったと思い込んでいた紫陽花の根本から、若い芽が覗き始めたらしい。先日は随分と意気込んでいたのに、結局ガーデニングまで手を伸ばせていない。数年がかりでようやく手にした通信教育とそのほかの趣味を天秤にかけては、結局どちらも中途半端になってしまうような気がしている。どちらもほどほどで、細く永く続けていきたい。わたしの健康も、目標は細く永く。理由を見つけては何かと落ち込んでしまう癖を、玉ねぎの薄皮を剥ぐようになくしていきたい。

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