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お金が欲しいエッセイの始まり

これはエッセイだ。そのつもりだ。そんな私には夢がある。

朝起きてエロい話を書き、夜寝る時にどんなエロい話を書くかを考えたい。

怠惰の豚のような生活。ニート一歩手前。あるいはやる気があるニート。
ただそれだけが許される環境に至ること。それが私の夢であり、野望であり、目標である。

勝手にやってろ! と言われたらそれはそう。だけども、考えてみてほしい。他人の夢なんてものは、だいたいが「勝手にやってろ馬鹿野郎」と一蹴しようと思えば、できちゃうことがほとんどじゃないか。

ゆえにそれは禁句というものなのだ。それを禁句にしてしまえば、私の夢だって夢は夢。夢があるって素晴らしきかな人生だ。

このささやかな夢も、実際には難しいのである
生きて行くのに夢は要らぬ、ただ金があれば良い! それが昨今の時代。

世の中、悲しいかな。金金金! 実に浅ましいが、しょうがない。私がそうしたわけじゃないんだもの。

労働は尊いのだ! そう……人がしてる分には。

奇特な人が「ナンギンくん。キミは社会に出ず、ただただエロいことを考えてなさい」と、毎月お金を振り込んでくれたなら……私の夢は叶うのだ。私は感謝するだろう。つまり今の私は世間を呪っているということだ。負の連鎖だ。嘘だ。私は不機嫌で人を呪ったりしない。善人だから。つまり負の連鎖の末端が私。

尊いだろう? 気の毒だろう。お金頂戴。お金持ちの人。お金持ちじゃなくてもいいや。

だがあいにくと、そんな奇特な人はいないのだ。現実は非情である。
そして私はお金を無償でくれる人を信用できない。疑心暗鬼の塊が私である。

この世で一番キライなことは損をすることだ!! こういう人間が一番詐欺られやすいのだ。世の中って良く出来てるね。

現実が悲しい。辛い。もし世界が滅んで、人類が私一人になり、気の毒に思ったエイリアンが拾ってくれたなら、こんな悲しみはなかったのに。きっと、相手もいないのにエロい話を書く私はさぞ哀れだろう。かわいがってくれ給えよ。

だけれども悲しむばかりでは良くない。人生前向きが一番だ。私の夢だって良い点は有る。金で解決できるってことだ。

金があってもできないことはたくさんある。キムタクになりたくても、キムタクは一人だけ。オンリーワンだ。類似品はできても、本物は一人。すごいぜキムタク。

それに比べたら、私の夢なんてものは働かずに生きていきたい。不労所得が欲しいという些細なものだ。

「どんな願いでも叶えてあげましょう」とランプの魔人に不労所得が欲しいですと言ってご覧なさい。なんてささやかなお願いだとビックリされてしまうよ?

まあ、なんにせよ金である。お金が欲しい。こういう感じでこのエッセイはある程度続きます。とりあえず一段落付くまではね?

何でこんなにカネかね金と書いてあるのかというとですね。テーマの一つくらいあった方が話がやりやすいんじゃないかと、思ったんですね。

そしてNoteって、お金の話題ばっかりでしょ?(偏見)

そこでここまで浅ましいことを最初に言えば、キラキラした夢見る詐欺のような話がしたいんじゃないと伝わるはず。

なぜなら、エロいことを考えるためにお金が欲しいという人間は、絶対にまともじゃないので、読んでいる人へ対してまともじゃない人が書いたエッセイだと伝わるからだ。

まともじゃない人が書いたほうがエッセイというのは面白いのだ!

そんなわけで私はお金を稼ぐ話を書くとする。多分儲からない。でもまあ、だから面白いのじゃないかと思うわけだ。

つづく。


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