爪 の話


 爪を噛む人を見るのがとても嫌いだ。私はもうかれこれ10年近く毎月のネイルサロンでのケアを欠かさない生活をしているせいもあって「爪を噛む癖」の理解ができない。それに尽きる。

 昔、地元で仲良くしていた女の子がいたのだけど、気が弱く、いつも人の後をついて歩くような子で。今思えばそれもその子の個性なのだと認めて気にしなければいいのに、気の強い私はいつも強い口調で「どうするの?」「なにしたいの?」なんて責めていた気がする。
 そんな風に責め立てれば、元々気の弱い子なのだからもっと委縮するなんて当たり前の事なのに、当時は気にもせずに苛立ちを表に出してしまっていた様な気がする。
 そうすると決まって、彼女はいつも口元に手を持っていくのだ。

 そして私は「あー、またやってしまった」と気づくのだが、こちらに非があるとは思ってもいないのでわざとらしく「ねぇ爪噛むのやめたら?汚いよ」なんて嫌な口を利いたものだ。

 彼女の爪はいつも深爪で、指先はボロボロだった。私が彼女に会うのはごくごくたまにではあったものの、日常的に噛む癖がない限り、あそこまで酷くなる事はないだろうなというのは理解できた。
 年齢はひとつ年上の彼女。ご両親にもお会いした事があるがどちらも優しい方で、彼女もそんな両親の事をよく話題にしていた。
 はた目から見れば何一つ不安なんて無いような生活を送っている彼女がどうして爪を噛むのか。インターネットで調べたところで精神的な要因である事しか分からない。

 すっかり連絡を取らなくなったが、きっと彼女は今も爪を噛んでいるのだろうか、それとも、私や、私の様な人と縁が切れ、生活が変わり、すっかり生えそろった綺麗な爪をしているのだろうか。


「ねえ爪どうなった?」
 連絡先はまだ登録したままだが、彼女の爪が再度蝕まれないためにも私はこの好奇心に蓋をしなければならない。もう、大人になったのだから。

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