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楠勝平が観ていたかもしれない映画〜「胸より胸に」家城巳代治 監督

シネマヴェーラ 「胸より胸に」家城巳代治 監督、1955年。にんじんくらぶ第一作である。

空襲で孤児になり、戦後はストリップダンサーとして生計を立てている娘(有馬稲子)。インテリの研究者に見初められるが、二人の社会層の違いが悲劇をもたらす。研究者・大木実の実家は鎌倉のハイソな旧家で、浅草のストリップダンサーである有馬稲子は彼らの生活に強烈な違和感を感じる。彼らには東京大空襲ですら遠くの風景でしかなかった。大木たちはストリッパーをネタにし、有馬の仕事を隠すように言う。いたたまれず有馬は逃げ帰る。有馬から絶交された大木はふたたび浅草の劇場を訪れ、客席から舞台上の有馬と期せずして再会し、激怒する。大木の先輩(下元勉)が有馬を「あいつ(大木)はあんなこと言ったが、本当は分かっているんだ」と慰める。

さて、このシーン、大きなデジャヴがあった。思い出してみると、人物の位置関係こそ異なるが、これは楠勝平の代表作である漫画「おせん」(*)のシーンそっくりであった。「おせん」では下町の貧乏な娘が大きな店の御曹司に見初められて付き合うようになるが、育ちが違うことからすれ違いと悲劇が生じる。

「おせん」(1966年)は映画「胸から胸へ」(55年)より10年ほど後の作品である。楠勝平は44年生であり、映画公開は11歳の頃になる。15歳でデビューしているので、作品を描くようになった頃に、この映画を観ている可能性は十分にあるだろう。デビューは白土三平のアシスタントであったそうで、なおさらこのような社会的メッセージのある映画を観ていてもおかしくない。

楠勝平の映画メモでもなければ、氏がこの映画を観ていたという確証は得られないのだが、想像してみることはたのしい。

*)現行本では、ちくま文庫のアンソロジー「貧乏まんが」で読むことができる。http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480435200/