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もうだめな夜に眺めるインターネット

もうだめな夜に眺めているインターネット。
やりかけの仕事や、過ぎつつある〆切や、積んである本を消化したり、見逃していた映画を改めて配信で観る、ような積極的な気持ちが何一つ起きない時の。ソシャゲにもポルノコンテンツにも手が伸びず、こないだのセールの時にkindleで買いだめしたまんがタイムきららコミックスもあらかた読んでしまった時の。

タブレットから流しっぱなしにしている「夜の山手線 外回り」の収録時間は1時間9分。品川を出た夜の山手線はとうに高田馬場を過ぎて、眠らないと明日に響くのに眠れない。空腹だけれど食欲がない。いつしか電車は大塚を過ぎ、もうだめな夜の、寝付けない頭で私は消費と物流のことを考える。

ここで言う物流、の象徴は山手線から遠く、戦争のない兵站、の果ての立川に積み上げられて、博物館として保存されたIKEAである。不思議なギミックの本棚を、組み立て方が分からない照明器具を、大きなサメのぬいぐるみを、学校給食みたいなサイズのホットドックを、立川の私が映画の時間待ちをしながら眺めている。しかし眺めている私は、それがある部屋、や、それを使う自分、や、それを使う人と共に暮らす生活、を想像できない。

買えること、と、買ってしまうこと、には大きな隔たりがあり、ひょっとするとわたしだって魔が差して大きなサメのぬいぐるみを買ってしまうかもしれない。(例えサメは我慢できても、どうせまた余計なものを買い込むに違いない。生牡蠣3キロとか。)
しかしながら、もうだめな夜のわたしは別に消費行動をしたいわけではなく、ただ消費財を眺めていたいだけ、なのでECサイトの買い物かごや購入ボタンは邪魔でしかない。

今のところ世間にはIKEA博物館も、購入ボタンの無いAmazonも存在しない。ので仕方なく私が行きついたのは業務用食材のカタログでありました。

少し昔のインターネットでは加工食品系の卸問屋にいいコンテンツ(蟹の煮凝りとか)が揃っていたのだが、最近はどの店もすぐ自前の通販をやったり、楽天やAmazonに出店したりしているので面白くない。やはり最終的に信頼がおけるのはガチ大手かガチローカルの二択となる。特にお勧めはキューピーですね。調味料、ソース・スープ、スイーツ、ジャム・フィリング、サラダ、タマゴ関連……等々そもそものジャンルが多い。いくつか商品名と解説文を並べてみる。

スノーマン・オムハット50R
「円形(直径約18㎝)に焼いた、しっとりした口どけのよい卵シートです。オムライスはもちろん、幅広いメニューにご使用いただけます。」

スノーマン・チキンソフト(スライス)
「国産鶏肉(むね肉)を味わい深い蒸し鶏にし、やわらかにワンフローズンで仕上げました。サラダをはじめ、サンドイッチや冷やし中華のトッピング等、用途に応じた調理加工ができ、幅広くご使用いただけます。」

スノーマン・もっちりのびるチーズソース(アリゴ風)
「チーズとじゃがいもをベースにした、もっちりのびる新食感のソースです。肉料理をはじめ、さまざまな食材との相性がよく、解凍してそのままお使いいただくことはもちろん、温めたり、焼成することもできます。」

スノーマン・きみぷち
「独自の技術でできた半熟卵風商品です。解凍するだけで、生の卵黄のような見た目を提供できます。加熱済みのタマゴ加工品なので、衛生面の不安を軽減できます。レンジアップ等で加熱することで、とろっとした卵黄風のソースになります。」

スノーマン、というレーベルのものをいくつか引いてみた。キューピーなのに、スノーマンが働きすぎではないだろうか。勿論スノーマン以外の製品も大量にある。
わたしにはタマゴ製品や加工食品に対する知見が無いので、解説文に書かれている以上の情報がここに存在しない。
例えば「加糖凍結卵黄20」1kg/12本や「プレシャスエッグ®(ホール)HV」1kg/10袋、について、おそらく今後の人生で購入することもないだろう。しかし、当然知らないうちに口にしている可能性は当然あるし、世間にはこれを仕入れる人やこれを使って調理や製菓を行う人がいる。そのくらいの遠い地点から眺めている卵の加工品。

業務用食材を眺めているときの、へえ、という薄い感慨は取り立てて誰かと共有するようなものでもないけれど、わたしの預かり知らないところで世界が動いていて、そろそろ朝と呼ばれる時間になる、までの、もうだめな夜のやり過ごし方としてこの時間を潰してくれている。

『ネヲ』3号(2020年)掲載分から一部改稿。

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