寝転んだ顔面の上でハンドボールドリブルしたろか




「お前らアホやなぁ‼︎阪急でいくわけないやんけ?はっはーー」

こう煽ってくるのは、僕の部活の先輩である。


高校時代ハンドボール部に所属していた。

このような運動クラブだと、土日は電車に乗り他校と交流試合をすることも珍しくない。

それに何故かうちの高校のハンドボール部には、その道では名の知れた顧問がついていたのである。


その日もうちのハンドボール部は練習試合のため駅に集合の予定となっていた。


僕の地元は大阪の高槻。

この街は交通面が大変便利で、JRでは新快速が停まり、阪急では特急などほとんどの列車が停車してくれる。

基本的には移動となるとこの二駅のどちらかを使うこととなる。


今回の集合場所はJRの高槻駅。

遅刻はしたくない。

もし遅れたら嫌な先輩から嫌なことを次から次へと吐き出されることだろう。

実際、自分も遅刻癖がある癖に後輩が遅刻してきたらブチギレる意味が分からない先輩もいた。

ぼくはソイツが大嫌いだったが、それはまた別のお話である。


当日僕は予定通り早く起きることができ、集合時間よりも20分ほど早く到着することができた。

あとは改札の前で他の先輩達が到着するのを待つだけである。


そして待つこと10分…


おかしい。


もうこれぐらいなら誰か来てもいいはずなのに、一向に誰も来ない。


不安が募る。


まさか集合場所を間違えているのではないか?


そう思った僕は咄嗟に取り出したスマホで、ハンドボール部のグループラインを確認した。



"高槻メンバーはJR高槻駅集合でお願いします!"




間違いない。やはりJRであっているんだ……


ってうん⁇ええ⁇



しかし、そのメッセージの後には続きがあった。


昨夜、連絡が来るのが遅かったので僕はJR高槻駅集合というメッセージだけを見て就寝についてしまったのだ。


だから気づかなかったのだ!



"オッケー!阪急高槻でよろしく!"



嘘だろ?阪急に変更になったのか?


聞いてないぞ?


いつだ?


僕が寝ている間なのか?


だから誰も来ないわけだ。


急いで阪急に向かわないと。


ここからだと15分ほどでいけるか?



焦った僕はすぐさま、自転車を止めている駐輪場まで本気ダッシュで向かった。


すると、その途中で同じく高槻に来てしまった同級生チームメイトの木村に遭遇した。


必死で走る様子を見て木村が思わず僕に問う。



「楠城どうしたん⁈」



彼はまだことの重大さが分かっていない。
 

我々は集合場所を間違えてしまっているのだよ。


僕は木村にその種を伝えた後、そのライングループのやりとりを見せる。
 


「これはどうやら阪急みたいやな。」



木村の顔も次第に青ざめていく。


しかし僕からしたら内心ラッキーだった。


同じ境遇の奴がいて助かったと心の中で喜んでいた。


1人だけ間違えるならまだしも、それが2人いるとなると話は別だ。


それにこの木村という男は一年生ながらレギュラーを取っていたので、なかなか先輩たちも上からものを言えなかった。


これこそ不幸中の幸い。


このことにより少しだけ気持ちが軽くなったまま、我々2人はJR高槻駅から阪急高槻市駅まで向かうことになった。



2人全速力で向かうこと約10分。



なんとか集合時間前までに到着することができた。


先輩達はどうやらまだ到着もしていないみたいだ。


こういった集合時間は二年生は平気で遅れることがある。


今日もそのパターンだろう。


一旦気持ちが整った我々はただ他のチームメイトたちを待つこととなった。




…しかし、事態は再び急変する。




集合場所で待つ我々に同級生のチームメイトからラインのメッセージが届いた。



"お前ら2人今どこおんの?もう着いてんの?"



このメッセージを見た我々は大笑いした。


おいおい、こいつも勘違いしてるやんけ!


俺たちと全く同じ境遇辿ってるやん。


似たもの同士か!


もうしゃーないなぁほんま!




自分たちも同じ過ちを犯したにも関わらず、呆れ返った様子でそのメッセージに返信をした。




"いやいや、よくグループLINE見てみ?集合場所、阪急ってなってるから‼︎"




まだことの真相に気が付いていない彼に、勝ち誇った顔で主旨を伝える。




だがしかし、そんな彼から返ってきたメッセージはあまりにも意外なものだった。


その内容に対して、我々は絶句することとなる。
 



"何言うてんの?もう既に我々高槻組は電車乗ってるで?"










…えっ?









2人が顔を見合わせる。


もう既に電車に乗っている…?


もしかして、遅れているのは俺たちの方?


急に背筋に滝量の汗が流れ始めた。


まさか、我々が間違っていたというのか?


いやもう、考える時間など残されていない!




「今すぐJR高槻駅に向かうぞ!」




そう言って僕と木村の2人は急いでJR高槻駅に全力ダッシュしていった。


阪急高槻駅の駐輪所に自転車を停めてしまったが、今から取りに行くと大幅な時間ロスに繋がる。


もう今の2人には走って駅に向かうことしか残されていないのだ。



我々は一体朝から何をしているのだろう?
 

何をバタバタしているのだろう?


分からない。


なぜ朝からこんな忙しくてしんどい思いをしないといけないのだ?




…そう、要するに間違ってしまったのは我々なのだ。


集合場所は初めからJR高槻駅で間違っていなかったのだ。


しかし、集合場所に早く着いてしまったために場所を間違えているのでは?と不安になった。


そしてグループラインを確認したところ、"阪急高槻駅で!"とややこしいメッセージを送った先輩がいた。


この人は結果、JRを阪急と言い間違えて送信しただけだったのである。


その一言で我々は翻弄された。
 




その後、先に出発した高槻組から30分ほど遅れて目的地に到着した我々2人。


その中にはもちろん、"阪急高槻駅で!"とややこしいメッセージを送った張本人もいた。


その先輩が我々に向かって一言放つ。




「お前らアホやなぁ‼︎阪急でいくわけないやんけ?はっはーー」





コイツ、ぶん殴ったろかな?


こっちはどんだけ大変な目に会うてきたと思ってんねん。


なんじゃコイツ?


完全に舐めとんな?


お前のせいでこちとらあっち行ったりこっち行ったり振り回されとんねん。


お前のその

"オッケー!阪急高槻でよろしく!"

の一言でな!


せやのに何を偉そうに高笑いしとんねん。


寝転んだお前の顔面の上でハンドボールドリブルしたろか?


松やにでベッタベタのグッチョグチョにしてやろうか?



全く反省の意を見せない先輩に対して、怒りが募る。


だがもちろん言い返すことは何も出来ずにただただ立ち尽くすしかなかった。





その日の帰り道。


高槻駅に帰ってくるやいなや、我々2人だけは再度阪急高槻駅に向かい、意味のない駐輪代を払いに行く羽目となった。

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