椅子座りスーツ落語




"椅子座りスーツ落語"


その演目はなんぞや?

タイトルを見てそう思ったことだろう。


椅子には座るし、着物ではなくスーツを着てるし、そのくせ勝手に落語を始めている。


このようなめちゃくちゃな芸を何の違和感も持たずに披露する男がいた。




僕がNSCに42期として入学した当初の話である。


NSCの入学はお笑い劇場のラスボス的存在、なんばグランド花月で行われる。


そして、新たに今年もまたNSC44期が入学してきたらしい。


もうあれから2年も経つのか。



NSCでは入学式を終えた次の日に相方探しの会という催しが開かれる。


この会はコンビ入学をしなかった人達への、相方を見つけるための貴重な時間なのだ。


計二日間行われて、コンビを組むものもいれば組まないものもいる。



そんな相方探しの会の1日目。


まず初めに自己アピールと称して、芸のあるヤツが順番に列になっていった。


みんなの前でギャグをやるヤツもいれば、得意のモノマネを披露するものもいる。



そんな中、革ジャンを着た1人の男が現れる。



目が無駄にかっ開いていて、独特なオーラを醸し出していた。


関わったら違う意味で危なそうな人だ。


何と彼は大学の薬学部を卒業して、このNSCに入学してきたというのだ。


すごい経歴だ。

おそらくこれまで嫌というほど、もったいないなーと言われてきたことだろう。


親と相当揉めたんだろうな。


薬学部を卒業した証拠として、卒業証書を持ってきていた。


彼はまさしく本物であった。


一同がへえ〜と感心している。




次の瞬間、彼が奇行に走り出した。




なんと、その卒業証書をビリビリに破り出したのである。


己の手でぐしゃぐしゃになっていく薬学部の卒業証書。


一同は完全にドン引きである。


僕自身も頭おかしやろコイツと心の中で呟いていた。


もしかしたら口にも出していたかもしれない。


卒業証書を完全に破り終わった後、彼は満面の笑みでこちら側を見ていた。



「もう、後戻りはしないという覚悟でここに来ました!」



いや、それやとしてもやりすぎやろ。


大事に置いとったらええやん別に。


薬学部の卒業証書やろ?めちゃくちゃ貴重やん。


教室内を殺伐とした空気にした後、彼のアピールは終了した。




全員のアピールが終了して、自由に話す時間が設けられた。


周りが色々な人たちと話している。


中々1人になっている人を見つけられない。


中には、話してすぐにコンビを組んでいる人もいた。


段々と減っていく人たち。


これが非常に焦るのだ。


早くしないと置いていかれる、という気持ちにされてしまう。


とりあえず目があった人に片っ端から声をかけてみた。


相手側も相方を探している身なので基本的にみんな笑顔で話をしてくれるのだ。



こうして色々話している中で、1人の男と話をした。



相手は久村と名乗り、彼もまたNSCで相方を見つける予定だったらしい。


話の中で好きな芸人の話や、趣味であるゲームの話が初対面なのか?と疑うくらい盛り上がった。


どんどんいろいろな話をしてみたくなった。


気持ちは久村も同じだったみたいで、意気投合した我々はその日の夜にサイゼリヤで食事をすることにした。


さっきNSCでは話せなかったようなことを互いに話し合った。


そんな会話をする中で、久村がカバンからあるものを取り出した。


それは、ボロボロになった卒業証書だったのだ。



えっ?コイツってさっき卒業証書ビリビリに破ってた奴か‼︎



アピールの人数があまりに多すぎるので、顔までは認識していなかった。


久村とはアピールコーナーで教室を最悪の空気にさせた張本人だったのだ。


そういえば、革ジャン着てる!



うわー、えらいやつに声かけてもうたもんやで。


食事中にもそいつの奇人っぷりが姿を現し始める。


変なタイミングで急にマックスの大爆笑。


飯食うスピードは全盛期のギャル曽根並。


しかも、

「僕、ご飯残す人大嫌いやねんなあ。それが嫌でファミレスのバイト辞めたもん。」

というめちゃくちゃなエピソード。


あ、コイツだいぶヤバいやつやな。


それでも、お互い好きなゲームの話が盛り上がり楽しい時間を過ごすことはできた。


こんな話が合う奴ならコンビを組むのもいいかもしれない。


明日、各々がネタを書いてきてそれを見せ合おうという話でその日は解散した。




翌日、授業前に僕と久村は天王寺の公園で待ち合わせした。



早速2人は書いてきたネタを見せ合うことにした。


NSCに入って人にネタを見せるのはこれが初めての経験だった。


すごくドキドキしながら、久村にネタを渡す。



お互いネタを読み終えたタイミングで久村が口を開いた。


「とりあえずお互いの思ったこと言ってみる?」


まあ、あまり聞きたくはないけどそれが妥当やわな。


「そうしよか」


まず久村が僕に意見を言ってくる。



「ここ長くない?ここのボケどういう意味なん?ツッコミセリフが定まってなくない?」



容赦なく次々に意見を言ってきた。


コイツめっちゃ言ってくるやん。


めっちゃえらそうやん。


多少の遠慮は必要やで?


まだ関係性もできてないのに?


そして次は僕の意見の番になった。


コイツはっきり言ってきたし、こっちもはっきり言ってやろう。



「面白くない。」



きっぱり!


言ってしまった。


あっちが思ったことを言ったから、こっちも思ったことを言わないといけない。


だがしかし、当然久村も黙ってはいない。



「どこが面白くなかった?具体的に教えてや?」



少し怒り口調だった。


まあそうなるだろう。


面白くないに理由をつけないといけないのか。


とりあえず僕はその場凌ぎではないが、適当に理由をつけてみた。



「どこで笑かしたいのかわからへん。うまいこと言ってるだけやもん。」



しかし、久村は反抗してくる。



「そこは、僕が面白いって思ってるからいいねん。こう言った言葉遊びがおもしろいと思ってるから。」



「まあ、そこが俺は面白いと思わへんけどな。」



「じゃあ楠城のネタはどこが面白いのか教えて?」



コイツめちゃくちゃ反発してくるやん。


全然人の意見聞こうとセーへんやん。


こっちはちゃんと素直に聞いたで?


なんじゃコイツ?


この時点で既に我々はコンビに向いていない。


最悪の空気が2人の中に流れた。



その日もNSCの授業があったので、我々はまず昼食を取ることにした。


難波までの道にあった定食屋に入り、2人で食事を取る。


なんの会話もない。


出来ればもう1人になりたいとさえ思っていた。


すると久村が口を開く。



「今日も相方探しの会はあるわけやし、もう一回行ってみいひん?」



僕も同じことを考えていた。


さっきまでの数時間で一緒にやっていける気はしていなかったのだ。


だから僕もその提案には賛成した。



しかしその後突然、久村がマックスのテンションでこう言ってきた。



「楠城、そんなくらい顔せんといてくれよ!昨日みたいにさ、会話で自然に出していた笑顔を見せてくれよおおおおーーーーーーーー!」



もうなんやねんコイツ!


気持ち悪いねんさっきから!


テンションどうなってんねん!


元カレみたいな言い回しするな蹴ったクソ悪い。


コイツは人をドン引きさせることだけは一流である。


この二日間だけで何回も本気で引いてしまった。



その後我々は、NSCに向かい相方探しの会に再度参加することになった。




入学して3ヶ月程経った頃。




NSCでは既にネタ見せの授業が始まっていた。


色々な人たちが自身の個性を存分に発揮させていく。


基本ネタ見せの授業というものは、教室のホワイトボードにエントリー名と演目を書くのだ。


同期たちのコンビ名やピン名が書かれていく中、あの男の名前が目に入った。



"久村"


そう、アイツだ。


奴が一人でコントをするらしい。


一度コンビを組む直前までいった僕からしたら、コイツがどんなネタをするのか少し気になってしまう。



前のコンビのネタが終わった後、とうとう久村のネタの順番が回ってきた。



どうやら椅子を使うみたいだ。


そして、身なりはスーツで整えている。


どういったコントをするのか?




準備が整い、スタートの合図となるストップウォッチが押された!


よーいスタート!




ほおーまず初めは椅子に座り、1人でしゃべるのか。


長々とセリフを話し続ける。


これが何かの伏線になっているのか?


あとで回収する運びなんかな。



1分ほど経過…



まだボケは1つもない。


ボケらしいボケがないというわけではない。


本当にまだ一度もボケていない。


いつどこで笑かしたいのか?


見ている全員同じことを考えていただろう。


ただ、内容を聞いてみると、どうやら何かしら上手いこと言いたいらしい。


しかし、それがボケにはなっていない。


しかも1人で三役ぐらいやっていて、どれも違いが少ないから誰が誰なのか非常に分かりづらい。


これはどのように見るのが正解なのだろうか?



2分ほど経過…



まだ終わらない。


そして、まだ一度もボケていない。


しかもずっと椅子から離れない。


長い。もう早よ終われよ。


見てられへんってこれ。


教室はそう言った空気が漂い始めていた。


誰も笑っていない。


いや笑うはずがない。


何故ならコイツは2分の間、まだ一度もボケていないのだから。


見てるこっちが恥ずかしくなってくる。


これはネタと言っていいのだろうか?



3分ほど経った頃…



急にネタが終了した。



いや終わったでおい!


コイツ3分間一回もボケへんかったやん。


そして、講師が久村に一言。



「何を見せられていたのかが分からない。」



まさにその通りである。


我々はこの3分間何を見せられていたのだろうか?


僕も何度も思った。


これ何の時間やねん。


いつボケんねん。


ただただ椅子に座ってスーツ着て落語してただけやないか。


お前の演目コントちゃうやんけ。


椅子座りスーツ落語やんけ。


ほんで、話口調的に落語でもないな。


何も繋がってへんし。


落語家黙ってへんでこれ?


落語したかったら座布団に座って着物着ろバカ。



講師の放った一言に対して、久村は返答した。



僕も覚えている限りで彼のネタを説明させてもらう。



"まず、コント内に1人の男の子が出てくる。


おじさんがその男の子から一つの感情を奪い取る。


男の子はその感情が何故奪われたのかを考える。


おそらく今の自分に何かが足りないからだと推測する。


その足りない何かを見つけて、おじさんに伝えてみる。


すると、おじさんはその通りだと言って奪った感情を男の子に返す。"


的な内容だったはず。



いやこれで誰が笑うねん。


落語でもないやろこんなもん。


いつの時代のお笑いやねん。


新しいのか古いのかも分からんわ。


てかそもそもこれってお笑いなんか?


様々な疑問が生まれるわ。


ええ加減にしてくれ。



そう言った説明も全く理解されることなく、講師を完全に呆れさせて彼のネタ見せは終了した。




そんな久村という男の姿を、いつのまにか見ることはなくなっていた。


薬学部の卒業証書、今どうしてんねやろ?

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