社会復帰には欠かせない

精神障害リハビリテーションでのソーシャルワークの役割って?

はじめに
 精神障害者のリハビリテーションをしている身としてはこのテーマはとても重要なことです。特に精神保健福祉士の業務には「訓練」も明記されています。精神保健福祉士法において「地域相談支援の利用に関する相談その他の社会復帰に関する相談に応じ、助言、指導、日常生活への適応のために必要な訓練その他の援助を行うこと(相談援助)を業とするものをいう」と規定されています。これは社会福祉士にはないことなので精神保健福祉士は積極的に訓練に関わることができます……いや関わらねばなりません。

 ということで精神障害リハビリテーションの中でのソーシャルワーカーの役割について少し私見をお話ししたいと思います。

精神障害リハビリテーションとは
 精神科リハビリテーションという言葉の方がなじむ人も多いでしょうからとりあえず同義としておきます。
精神障害リハビリテーションは何も医学的リハビリテーションを指しているものではないことはこの業界にいる人ならたくさんいらっしゃるかと思います。ですが大体において医学的リハビリテーションを指しているというイメージしてしまうのは身体のリハビリのイメージが強いから、ということでしょうか。もともとリハビリテーションは宗教用語で「名誉回復」からきています。ジャンヌ・ダルクやガリレオ・ガリレイは異教徒とされましたが、現在は名誉回復しています。そこから「全人的復権」という形で示されたのが「リハビリテーション」です。しかし現在の日本ではリハビリテーション=機能回復という意味で使われしまってそれ以外の意味が失われてしまっているような扱い方になっていないでしょうか。

 さて、医学的リハビリテーションとしてのリハビリテーションは機能回復が中心になります。身体障害の場合はまずそれが大切なことになります。しかし精神障害の場合は機能回復といってもどこを回復すればよいのか分からないという方も少なくないのではないでしょうか。

 精神障害リハビリテーションを考えるときに「心理社会的リハビリテーション」を思い浮かべる方もいると思います。これは精神障害のために生まれたと言ってもいい概念です。心理社会的リハビリテーションはWHOが1996年に統一見解として出した声明の中に定義が記されています。
① 精神疾患による障害(長期で重度)を対象にする
② 障害のある人たちが、地域で自身にとって最適な自立レベルで生活できるようになることを推進する一連のプロセス
③ 個人の力を高めることと環境を変えることの両面を含み、個人と社会とが最もよく機能すると同時に、能力障害(ICFでは活動制限)と社会的不利(ICFでは参加制約)を最低限に抑えることを目指すものである
④ さまざまな分野とレベルを含む複合的で大がかりなものであり、社会全体を包含するものである
⑤ 提供する方法はその場の地理的・文化的・政治的・組織的条件によって異なるものである
このように精神障害のある人たちが病院や施設ではなく、地域において、その人たちにとって可能な限り自立した生活をしていくことを目指し、あらゆる分野からのリハビリテーション活動をその人の生活機会に応じて統合していくものとされています。もちろんその前提として当事者主体であることも示されています。
 精神障害リハビリテーションは単なる機能回復ではなく、地域で自立した生活が送れるように社会的リハビリテーションや職業的リハビリテーションとも連動したトータル・リハビリテーションでなければならないことがここからもよく分かります。特にリハビリテーションの概念でいうところの「全人的復権」という意味では精神障害者が社会的に地位を復権…もともと精神障害者は復権も何も人間扱いされていないという意見もありますが…していくすべてが「リハビリテーション」の過程なのだと考えてもいいものだと思います。

精神障害の「障害」とリハビリのターゲット
 しかし精神障害は疾病と障害が共存しており、障害と疾病の違いがはっきりしません。精神障害リハビリテーションで扱う「障害」と「精神障害」という概念自体が曖昧です。これがより精神障害を分かりにくくしています。もちろん医学的には精神障害は疾病と障害が共存しており、どちらもが連動している状況にあることは事実です。しかし疾病によって起こる症状は「障害」を生み出すものであって障害自体とは言い難いものです。もちろん幻聴や妄想は障害として残ることもあるのも事実ですが、それがあるから「障害としての問題」が生じているのであってそれがその人の障害となっているとはいえないと考えてよいと思っています。
 身体障害で考えたときに脳梗塞で左片麻痺が残り、手がうまく動かない、うまく歩けないことも障害ではありますが、「それによって何ができなくて困るのか」が訓練を行うターゲットになります。つまり歩けないから階段を上り下りできないので二階建ての家で生活ができない、手がうまく動かないので茶碗が持てずご飯がうまく食べられない、ことが障害であり、リハビリのターゲットとなると考えることが大事なことです。
 精神障害の場合も幻聴や妄想が障害として残っていたり、障害を生み出すものであれば、その管理をするための訓練はリハビリテーションで行うものですが、症状を治すことはリハビリテーションの目的ではないと考えます。そこは医療が行うところと考えてよいかと思います。脳梗塞の片麻痺を治すことも可動域を広げることもソーシャルワーカーにはできないのと同じと考えていくべきです。
 関わるべきは「障害によって生じる苦しみや不安に寄り添うこと」つまりその気持ちに寄り添うことが大事な事だと思っています。そこすらもソーシャルワーカーができない状態ではリハビリテーションを行っていくことはできません。この寄り添いの中でできることを探していくこと、その中で障害を負った人がしたいと思っていることを実現するためになにができるようになることが大事なことなのか、あるいはできないことをどのようにしてカバーできるのかを考えることで自立を促していくことがリハビリテーションが実現していくことになります。

 さて、では精神保健福祉士が訓練の中でどのような障害をターゲットとして訓練を行うのか、です。それは「認知機能」です。認知とは外界からの情報を知覚し、理解し、反応する力です。それを記憶したり必要に応じて注意を向けたり、思考する力のことです。これが個人差があるものの機能しないため「思い込み」や「結論への飛躍」「べき思考」のような思考の問題を生み、生きにくさにつながってしまっていることが多くあります。また誤解を生じてしまったことを相談できない、どう伝えればいいのか分からないままモヤモヤしてしまう、うまくまとめて発言できないといった伝える力の問題にもつながります。認知機能の問題は「思考と伝達の障害」でもあり、これらをターゲットにしたリハビリテーションを展開していくことが精神科リハビリテーションでのリハビリとして必要な事だと考えます。これを考え、訓練をすることができれば片麻痺になっている人の可動域を広げるリハビリ同様に彼らの思考の可動域を広げていく訓練に関ることができるようになります。

思考と伝達の障害


精神障害リハビリテーションと精神保健福祉士の役割
 デイケアなどの他職種と一緒にやっている場合ソーシャルワーカーは何をする人なのか、自分は他職種とどう違うのか悩む人も少なくありません。先述したように精神障害者の「障害」に焦点を当てずにただ「リハビリの場」にいるのでは他職種との違いは分かりません。

 特に作業療法士が行っている訓練との違いで考えたとき、作業療法士ではその人本人がもつ現有能力に着目することが主眼におかれます。そしてその人の精神機能の能力の「回復」を目指したリハビリテーションを展開するものになることが多いと思います。アセスメントする場合もその人の能力に関わる点に着目します。
 精神保健福祉士が同様の訓練を行う場合でも「いかに適応できるのか」に主眼を置いたアセスメントを行います。しかしそれはあくまでもアセスメントとしてのものであって、成し遂げられる訓練を行うものではありません。もちろん作業療法士がそれを目指して過酷な訓練を行う職種でもありませんが。作業療法はアセスメントしてどれくらいの回復が見込めるのかを考え、訓練しどれくらいの能力があるのか、と評価していきます。「こういうものがあればより生活が豊かになる」という点を考えていきます。一方で精神保健福祉士は精神障害者が望む生活の仕方、ニーズを尊重し、生活の場の中でその人らしく、いかに適応できるかを訓練します。これは単純に社会への適応と考えるものではありません。「その人らしい適応」であり、その人が生きやすく、住みよく、地域社会で生活していけるようになることです。そのためその人が住んでいる環境や周囲・家族との関係性などにも着目し、必要に合わせた訓練を考えます。これは訓練を受ける「その人だけ」を訓練するのではない。家族や必要な社会資源、サービスにつなぎ、連携できる形を作るための訓練と言ってもいいものです。
 精神保健福祉士が精神障害リハビリテーションで行う役割は「訓練」であってもその人のニーズとその人が暮らす環境の調整なども含めた「訓練」を考え、それを他職種にも伝え連携しながら実現していくべきものです。
 精神保健福祉士は精神障害者が地域で豊かに暮らしていけるための訓練を行いますが、その訓練によってその人が社会に適応できるものではない可能性もしっかりと念頭におき、制度や社会資源の利用も含めオーダーメイドで作り上げていく必要があります。またそれは一つの機関で終了するものではなく、支援していく機関が脈々と引き継いで、その人が生活しやすい形を作っていくことによって出来上がっていくものでなければなりません。

 精神障害リハビリテーションでの精神保健福祉士の役割はこのようなことを一緒にリハビリプログラムの中に入りながらアセスメントし、そこに介入しながらモニタリングしていく過程のなかで必要な制度や社会資源を考えていくことが大切なことになります。ただそこにある制度をあてはめることは精神保健福祉士が行うソーシャルワークではありませんし、訓練を漫然とすることになってしまいます。

 「精神障害者は獲得した技能を他の環境下で同様に発揮することができないことが起きます。」
これは獲得した技能を「般化」して他の場面に応用することが苦手な状態にあるからです。SST(Social Skills Training)はそのための訓練です。しかし日常生活の中でのあいさつの場面を設定できていなければSSTのプログラムがあっても日常で般化されずうまくつながらない状態になってしまうことがあります。日常生活の中での問題に即して行っていかなければせっかくのSSTも宝の持ち腐れになることが非常に多くなってしまいます。訓練をいかに日常の中で練習できる場面としていくかも精神障害リハビリテーションでの大切な要素であると考えます。そういう意味ではリハビリとして行うプログラムを実施するだけでなくデイケアや事業所の日常の中でこの人がトラブルになってしまうこと、その人が苦しくなることについてを把握できるよう常にその人を見ておく必要があります。それは監視ではなく、生活者としての視点をしっかりと考えた形で行っていくべきです。精神障害のリハビリのプログラムはここ数年で急激に増えています。しかしそれを行うスタッフ、特に精神保健福祉士は訓練を行う人の日常をちゃんとみてその人が行う訓練がいかにその人の生活に役立っていくのかを考えていくことも大切な役割りです。
 ソーシャルワーカーは精神障害はその人の障害として捉えるだけでなく、精神障害自体が社会に作り出されている障害であることも念頭においた形で支援をし、同時に啓発も含めソーシャルアクションを展開していける想像力が必要なのだと考えてリハビリテーションを行っていく職種でなければならないと考えます。

ソーシャルワーカーとして訓練するのはその障害を持つ人だけではなく社会全体を広く訓練していく意識が持てるとその前にいる人たちにとってもよい形でソーシャルワークができるのだと思います。どこまでできているのか、どうやっていくのか、私自身もできているとは言い難いですが目指すべき頂はそういうことなのだろうと思っています。ご一緒に歩めるリハビリテーションワーカーがいるととても嬉しく思います。

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