見出し画像

場末のキャバ嬢になった話

あの頃私が好きだったのは、もうすぐ結婚する男だった。


私はいつだって男がいないと立っていられなかった。だからナンパされたら受け答えするし、ついて行ったし、そのまま寝たことだって何度もある。

女の子のお友達もいたのに、どうしても男でしか埋まらない寂しさのようなものがあったんだと思う。

その「もうすぐ結婚する男」は、知り合った頃は全てを隠していた。ひどいね〜。


飄々としていて、それでいて愛情深い人だった。

その時、実は他に大好きな人がいたんだけど、彼女にしてもらえなかった。これは後で知ったことなんだけど…こいつ、私ともう1人の女を天秤にかけていたのよ。というかキープだったみたい。それか浮気相手…浮気相手っていうか完全に都合の良い女だよ!

まあこの男に1〜2年くらい振り回されてボロボロ。そんな時期に出会った彼は本当に優しくてやさしくて、私は見事に夢中になってしまった。男にとってはめちゃくちゃに都合のいい女だ。私は。


相談に乗ってもらうというか、近況を聞いてもらったりしているうちに一緒に夜を過ごすことも増えた。でも絶対に「好き」とは言ってくれなかった。


そしてその年の12月、事を済ませてベットに横たわり、天井に映る外の明かりを眺めている時に彼は言ったのだ。


「隠していることがある。」


正直、あぁ…またか、と思った。


「彼女がいるの?結婚するの?他所に子どもがいるの?」


反射的にするすると言葉が出たのを今も覚えている。そして深夜の冷たい空気の中、彼の変わらない優しい声を少し強張らせて


「彼女のお腹の中に赤ちゃんがいる。

どうしてもおろせない。命だから。

だから……結婚する。」



もう真っ白だよ。

そのあとに彼は泣いた。泣きたいのは真っ白な頭の私の方だった。なかなか寝付けないまま朝を迎えて、彼は仕事へと向かっていった。私の、私を守り、私を孤独にする城から。


その時、私は大学生だった。



その日授業があったのかは覚えていないけれど、確か電車に乗ったんだと思う。学校に行く改札じゃなかったから違う用事があったのかな?しっかり化粧をして、高いヒールを履いて、何かを振り切るように歩く。何も考えたくない。ただひたすらに、カツン カツンとヒールを鳴らして、前を見据えて歩く。


すると、視界の端から高身長の男が近づいてきて、「すみません」と言いながら私の前に顔を出してきた。

「はい」


返事をしながらじろりと男を見つめると、にっこりと笑った顔の男は

「夜の仕事に興味はありませんか?」


と、まるで甘い誘惑のように言ったのだった。

これしかないのかもしれない、私はもう半ば縋るように返事をした。


「紹介してください。風俗がいいです。明日からでも働けます。」


とびきり明るく言ったつもりだったけど、その男はちょっと驚いたというような顔で「えっ?」と笑った。そりゃそうだよね。あの駅にはいつも何人かスカウトがいて、女の子たちはみんな無視して歩いていく。

もちろん私も。話しかけられても無視。しつこければ「興味ありません」「迷惑です」と一蹴していたから。


何かありませんか?と続けて質問すると、男はなんでも紹介するよ!と優しい顔で笑った。私はもうそれで満足だった。誰かから必要とされる。その時のわたしにはお金よりも大切なことだったのかもしれない。


ラインを交換して、次の日にカフェで待ち合わせをすることに。



次の日時間通りにそのカフェに着くと、男は慣れた動作で私を先まで案内して「煙草吸う?」と灰皿を差し出す。気が変わらないようにご機嫌をとられているのかな?なんだかそんな気がして、自分が惨めで、滑稽で、馬鹿らしい。私はにっこり笑って煙草に火をつけた。好きだった男が吸っていた、KOOLのメンソールだった。


スカウトの男性たちはみんな同じ人に教育されているのか?と思うくらい、白い紙とボールペンを持って夜の仕事の仕組みを説明する。そして決まって相手の女の子を「わたし」と言う。「"わたし"はいくら稼ぎたい?」「"わたし"はどんなお店がいい?」私には名前があるのにね。
まるで、小さいこどもに「"ぼく"、何才?」と聞くようなもんだ。

話の内容は、お仕事の内容や場所、システム、お給料、待遇…そして夜の仕事は悪いことじゃないよ、と遠回しにプレゼンしているような感じ。

過去に何度か同じ説明を聞いたことがあるので、紙とペンを出した瞬間に説明を断った。

「風俗でいいので。」

注文してもらったアイスコーヒーを口にしながら、今度はだいぶ冷たく言ったのを覚えている。多分、自分の心が変わるのが怖かったんだと思う。


男はそれを見透かしているような雰囲気だった。

一応書くね、と言って、お店の候補が2つあること、そのお店の業態が少し違うことをサラサラと紙に書いた。容姿と態度とは違って頼りない字だった。


ふうん、と思いながら、どっちが良いお店ですか?と聞くと、出勤形態などを考えるとこっちがいいよ、と教えてくれた。

「じゃあそっちで。今日体入できるんですよね?」


とにかくひとりで居たくない、そんな思いがあって聞くと、今日は定休日なんだよ、とのこと。


「代わりにキャバクラの体験入店に行かない?

このまま帰るのは嫌でしょう?どうせならお金稼いでから帰ろうよ!」



"お金を稼いでから帰ろうよ"という誘い文句が面白くて、つい笑いながら快諾した。

この人は何人の女の子を紹介してきたのだろう。そしてその女の子たちの何割が、この人が私たちを駒のように扱っていると理解っているんだろう。

胸の底ではそんなことを考えていた。



着いたお店はとても良い香りがして、思っていた数倍綺麗だった。すぐにVIPルームのようなところに案内される。ふかふかの絨毯を踏み、黒い高級感のあるソファに座って書類に記入するようにと言われる。私を上から下まで品定めするように眺めた店長は少し厳しそうなガタイの良い男性で、ここで初めて少し怯んでしまった。


書類を記入している間、スカウトの男は店長とどこかへ消えていった。開店前、きっと何か音楽が流れていたんだけど思い出せない。ここは本当に安全な場所なのかな?実家に連絡されないかな?バレたら困る…………そんなに待たないうちに2人が戻ってきて、横にスカウトの男、そしてテーブルを挟んだ向かい側に店長が座って書類に目を通し始めた。


「2500円でどうかな?」


店長はニコッと笑ってそう言った。

2500円?時給が?とにかく相場も分からず、とりあえず体入だし…どうなんだろう?と不安になった私が横の男をちらりと見ると、男はびっくりしたような顔で「よかったね!」と言うので、店長に「よろしくお願いします」と頭を下げてみる。私から出た声は、自分でも驚くくらい頼りなさげだった。
数時間前まではあんなにはっきり「風俗でいいので」なんてぬかしていたのに。


よし!と言ってさらに笑顔になった店長が、男に「いや〜、カワイイ!ありがとう!」と大きな声で言う。カワイイと言われたことよりも、目の前の店長の機嫌が良くなったことに安堵した。

そのまま体入する準備だったのか、店長が少し席をはずしたときに「よかったね!俺、2500円って言われたの初めてだよ!いつもは2000円くらいなんだ。"わたし"が可愛いからだよ!」と小さな声で話しかけてきた。だから、私は"わたし"じゃないよ。さっきの書類も見ていたでしょう?名前、書いてあったでしょう?
こうやって女の子は騙されるのかな?もしかしてわたしも騙されている?
閉じたはずの不安の箱から、いろんな声が漏れてくる。男は、「じゃあ頑張ってね!」と言ってエレベーターに乗って消えていった。そしてまた、駅で声をかけるのだろう。「夜の仕事に興味ありませんか?」と。

その日の体入は思いの外良い時間になり、この店でも十分満足できる、ということに気付いてそのまま入店することにした。スカウトの男にその旨をLINEすると、気持ちよく快諾してくれた。



そして私は場末のキャバ嬢になったのだった。



スマホで文字入れてるけど指先がビリビリしてきたわ!

はぁ〜懐かしいなぁ。まぁそんなこんなでキャバ嬢になったわけです。あのまま風俗嬢になっていても変わらなかった気がするけれど、それは私があの店を選択した今だから言えるんだろうな。


キャバでの思い出はまた今度書こうっと。


こんなダラダラした文も、見知らぬ誰かが読んでくれるのはなんだか嬉しいな。


みなさんが良い夢を見られますように。



⭐︎おやすみBGM⭐︎

Give Me Everything(feat.Ne-Yo,Afrojack&Nayer) / Pitbull








この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?