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なぜ棋士の記憶力はすごいのか?

メモリーアスリートの平田です。

今日放送された囲碁フォーカスに出演し、僭越ながら棋士の記憶力について監修・コメントしました。

2/18の昼までは見逃し放送を見られると思うので、是非ご覧ください。
企画をいただいた時から、皆さんの記憶力を拝見しコメントするまで、非常に楽しく、自分にとっても学びのある収録になりました。

放送では一部しか語れていないので、noteでは詳しく棋士の記憶力について思ったことを書いていきます。


その前にちょっとだけ自己紹介します。
今回囲碁フォーカスで知ってくださった方、初めまして。
メモリースポーツという記憶力を競う競技の選手、コーチ、普及活動をしている平田直也です。元世界ランク1位、現在23位です。
囲碁界との関連で言うと、プロ棋士平田智也の弟です。名前が似てますね。

囲碁歴は0-6歳で、棋力はアマ二段です。最近は本当にたまに思い立った時に野狐を打つくらいの趣味になっています。


番組の中では、棋士の3名に「昔打った自分の棋譜を覚えているか」という長期面での記憶テスト、「初見の棋譜を3分間見てどこまで覚えられるか」という短期面での記憶テストをしていただき、それを見てコメントしました。非常に示唆深く、面白かったので詳細は見逃し配信を見ていただければと思います。

結果はどちらのテストの結果も非常に良く、記憶力が良いという結論が出ていましたね。ただ、その中でも個人差があったり、覚えているものと覚えていないものの差もいくつかありました。
なぜ棋士の記憶力は良いのか。なぜ覚えているものと覚えていないものがあるのか。考えを述べていきます。

結論から言うと、日々脳内で盤面を想像していることから来るイメージ力の強さ、読みの深さと一局に対する熱意から来る長期記憶の強さ、知識量と経験から来る短期記憶の強さが棋士の記憶力の根拠になっていると思います。

イメージ化と脳内盤面

「記憶」において最も重要と言えるのがイメージ化です。
文字情報よりも視覚的な情報、写真や映像の方が人は覚えやすいとされています。誰しも思い出は文章では無く映像として記憶しているかと思います。
この性質を用いて、覚えたい情報を頭の中でイメージに変えるのが記憶に効果的です。
例えば、「りんご」という文字を見て「りんご」と頭の中で音読するだけではなく、ありありと赤くて丸くておいしそうなりんごを想像、イメージ化することで記憶に残りやすくなります。

私は囲碁に関してはアマチュアなので詳しいことは分かりませんが、多くの棋士の方が脳内で碁盤を想像することができると思いますし、日々想像しているかと思います。
対局中に先を読む場合や、詰碁を解く場合、移動中に脳内で振り返って検討をする場合など、実際に石を並べる時以外は脳内の碁盤に置くしかないので盤面のイメージ化をする機会は多いと推測します。

普段の生活からこのイメージ化を継続して行うのは、相当意識しないと難しいですが、棋士はその職業柄、囲碁について考えている時間のほとんどはイメージ化の作業をしているはずです。

メモリースポーツで言えば、文字情報をイメージ化する癖を付けるのが大切なので、その点はもしかしたらズレるかもしれませんが、日々イメージ化することで、一般の方よりはその領域における脳が発達しているのかなと思います。これが棋士の記憶力の礎になっているのではないでしょうか。

「思い入れ」から来る長期記憶力

「思い出」はなぜ覚えていられるのでしょう。
しかも、思い出は覚えようと思って思い出になったわけではなく、自然と覚えてしまっているものだと思います。それほどまでに強い記憶ということです。
なぜ思い出を覚えているかと言うと、感情が強く動いたからです。記憶と感情には非常に密接な関係にあります。悔しい、嬉しい、辛い、苦しい、楽しい、感情が動いた時に記憶に残るのです。

メモリースポーツは何てことない平凡な単語や数字の羅列を覚えなくてはいけないので、「感情が動くと記憶に残る」という性質を利用して、イメージ化したモノを感情が動くような面白い想像をして覚えています。
例えば、「りんご」と「犬」という単語を覚える時、むやみに「りんご、犬」と音読するのではすぐに忘れてしまいます。そこで、「大きな赤いりんごが空から大量に降ってきて、犬にぶつかって犬は怪我をしてしまった」という絵を想像します。
この場面を見て「そんなわけない」「かわいそう」という気持ちになります。敢えてそういう感情が動く場面を想像することで、記憶に残りやすくしているのです。

さて、番組内で棋士は過去自分が打った対局の棋譜を覚えていました。驚異的な長期記憶力でしたね。

対局直後に検討など復習することはもちろんあると思いますが、それでも何年も前に打った碁を覚えているのはすごいことだと思います。それを可能にしているのは「思い入れ」があると思いました。
その対局に関して色々な思いがあると思います。タイトル戦で重要だった、負けていつも以上に悔しかった、プロ初手合いだった、など感情が強く乗った対局ほど、長期記憶になっています。
全ての対局を覚えているわけではなく、覚えているものとそうでないものがあったのもこれが原因だと思います。

また、思い入れとも似ていますが、「その対象についてどれだけの質と量を考えているか」も記憶の残りやすさに影響します。
何でもない日常は忘れてしまうけれど、必死に考えたことや、ずっと考えていたことは覚えているものですよね。
プロ棋士が一局の中で考えている情報量は凄まじく、思考の深さも凄まじいと思います。なので、一般の方よりも覚えている対局が多いのではないかと思います。

同じ理由で、様々な展開を読める持ち時間の長い碁の方が覚えやすいです。
番組ではカットされていましたが、芝野先生が忘れてしまっていた碁は実は早碁の対局でした。早碁では、一局に対する思考がどれだけ深くても、考えている時間が短いので、長期記憶に残ることはほぼ不可能だと思います。
これも推測ですが、早碁だと自分の直感で着手することも多いと思うので、記憶には残りにくいでしょう。「思考」よりも「条件反射」で進めていくため、数日経てば棋譜を再現することは困難だと想像します。

知識から来る短期記憶力

未知の棋譜を覚えて初手から並べる記憶力もすごかったですね。この短期記憶力は囲碁の知識から来るものだと思います。

サッカーが好きな人は、初見のサッカー選手を見ても、一般の人よりは名前やポジション、背番号を速く覚えられると思います。
特定のアイドルが好きな人は、新しく加入したメンバーを見ても、一般の人よりは顔と名前を速く覚えられると思います。
自分の好きなもの、詳しいものに対しては、新たに覚えるのが比較的スムーズです。これは知識量から来るものです。

元々自分が知っているものを結び付けることで、思い出しやすくなります。知識がネットワーク状に結び付けられ、より強固になっていきます。

棋士の囲碁に対する記憶も同様です。今まで研究してきた何千パターンもの知識があるため、初見の棋譜を見ても「この部分はあの対局に近いな」「この手はよくある手だな」と判断することができ、一般の人よりも覚えやすいのだと思います。

また、定石を知っていることで、情報を圧縮して覚えることもできます。これをチャンク化と呼びます。
例えば数字の羅列「12042102」を覚えて下さいと言ったら、少し難しいと思います。頭の中で何度も「イチ、ニー、ゼロ、ヨン…」と繰り返さないといけませんね。
では、「20240211」という数字はどうでしょう?
これが「今日の日付だ」と気付けば、すぐに覚えられると思います。実は先ほどの数字を並び替えただけなので、情報量としては同じはずです。
でも、「今日の日付」という1つの情報にまとまっているので、覚える情報量は8つの数字ではなく、1つの情報になり、スムーズに覚えられました。

定石も同じです。知らない人からすれば10手のランダムな配置を覚えなくてはいけなくても、それが「〇〇定石だ」と知っていれば、情報が圧縮され1つの情報を覚えれば済むのです。

棋士が3分間で50手も覚えられたのはこういう定石や手筋をいくつも知っているからだと思います。
私がインタビューの中で「頑張っても20-25手しか覚えられない」と言ったのは、知識量が足りず、ある種ランダムな配置を覚えなくてはいけないからです。

棋士の知識量が情報を圧縮することに成功し、既存の知識と結びつけられることで大量の手順を短期間で記憶することができたのだと思います。

ちなみに、番組で覚えてもらった棋譜はAIによる対局でしたが、人間同士の対局はもっと意図が読み取りやすいのでさらに覚えられると思います。逆に、全くの初心者が並べた対局や無作為に打った棋譜では10手前後しか覚えられないと思います。面白いですね。


なぜ棋士の記憶力はすごいのか。
それは経験と熱意に裏打ちされたものだったということが伝わったかと思います。棋士という職業は本当にすごいです。

特に一色碁や目隠し碁を可能にする脳内盤面想像の力は、メモリーアスリートから見てもすごい能力だし、何か記憶の練習の参考になるかもしれないなと思って勉強になりました。

また第二弾があると良いですね。
お読みいただき、ありがとうございました。

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