演技

久しぶりに、喫茶店に行った。

懐かしさと、お店が続いていることへの感謝を込めて、いつものメニューを頼んだ。

先ほど買った本を取り出し、読み始める。

禁煙ルームの4テーブルすべてが埋まっていた。
自分の正面は女性2人組。晩ごはんは餃子にしようという話から、スヰートポーヅの閉店を惜しんでいる。
隣は大学生っぽいカップル。自分の趣味を初対面でどれぐらい明かすか、明かさないと本当の友達になれるかどうかわからないのでは?と、熱くて楽しそうな会話をしている。
斜向かいは女性一人。外国語らしき何かをブツブツと唱えている。

隣の会話にちょくちょく聞き耳を立てつつ、本が面白くて読み進める。
好きな作家の少し昔のエッセイ。エッセイはいい。

薄々気づいていたが、頼んだケーキセットが届かない。

17時手前で混んでいるわけでもないし、特殊な注文をしたわけでもないが、もうしばらく待つことにした。
念の為、本に没頭しているフリを始める。

カップルの片割れがお手洗いに立ち、戻ってきた。

エッセイは面白い。

餃子の店を決めたカップルが席を立った。

エッセイは面白い。

斜向かいの女性がお手洗いに立ったついでに、コーヒーの追加注文をしたらしい。コーヒーが運ばれてきた。

完全に忘れられている。

しかし、ここで自意識が邪魔をする。
こういうシチュエーションは恥ずかしい。
どうしたものかと考えながら、本に没頭して気づいていないフリを続行する。

しかし、このフリにも限界がある。
隣のカップルはおそらく気づいているはずだ。
というか店員さん、コーヒーの追加注文持ってきたときに気づいてよ。

と思っていたら、別の店員さんが水の追加を持ってきた。
引き続き演技中なので、目も上げずに「ありがとうございます」と言う。

「あれ、ご注文は...?」と聞かれる。
きた。ここが山場だ。
「えっ...あぁ、そういえば。注文はさっきしました...」

いい塩梅で声が出せた。

「そうですか、ではお待ちください」
と言って立ち去った店員はすぐ戻ってきた。
「すみません、通ってなかったみたいで、もう一度注文いただいてもいいですか?」
「全然いいですよ、レアチーズケーキとブレンドです。」

5分後にはケーキセットが揃った。
演技はうまく行った気がするが、全部バレているような気もして、
10分で食べて店を出た。

長い1時間だった。

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