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この世で最も無駄なモノ"なんで矢"
昨年11月、久しぶりに解体前の家屋に呼ばれた。
向かう家はいわゆるゴミ屋敷と呼ばれる類らしい。膝の高さぐらいまで色々と積もってるとか。
聞いた限りでは、家には2000年代からのレディコミが山ほど転がっているので買わないかとのこと。もしかしたら”ホラーM”とか”恐怖の快楽”やらの、最近の醜い女特集系レディコミじゃなくてホラーマンガが載ってるのが転がってるのでは?この辺りの評価って最近かなり上がってるんですよね。もしあったら宝の山じゃん!なんて思いながら向かった。
めちゃくちゃワクワクしながら現場に到着。閑静な住宅街にあるごく普通の建売り一軒家だ。平成初期に建てたであろう二階建てには一家族が住んでいたんだろうか、外見はさほど傷んでもいない。
家を隠すように停められたトラックの横を通ると、ガラス戸は外され、床に積まれたゴミ以外はすっからかんになった家が見える。ああ、一足遅かったらしい。
足元にはレディコミにゲーム、食器、ドス黒くなったドレッシング、賞味期限の切れた乾麺などのゴミが転がっている。壁はなぜか50センチぐらいの高さまで汚れが酷い。何でだろうね。
片付け屋さんがいそいそと最後のゴミ掻き出しを行っている横で、失意のうちにわずかに残ったレディコミを摘んだ。
紙って捨てやすいから解体現場でも真っ先に捨てられるんですよね。今回はタイミングが悪かった、朝にはまだあったらしいので・・・。
諦めて引き上げようと思ったところで、ナンブさんこう言うの好きでしょと黒色の重厚な箱を渡された。
いかにも高価なものが入ってますよという感じの箱だ。
おおかた高い酒か、それともなんかの記念の銀杯かな・・・。そういうの興味ねえんだけどなあ、と思いながらパチリと金具を開ける。
・・・中から出てきたのは古酒でも貴金属でもない、まぎれもないゴミだった。
あれ! なんで矢?
は?
しょーもないギャグで始まった説明書には、でかでかと挑戦という字が掲げられている。
一見当たり前と思われている事が、実は不思議な事であることをモチーフに、ガラスと木という異なった素材の共生を念じ、建築用硝子で現在最も厚い25m/m厚硝子を一本の矢が射抜く不思議さを限界への”挑戦”と題し表現してみました。 平成5年2月
作ったのは岐阜県内にあるガラス業者だ。
ガラス加工なんぞ知識のカケラもないので想像だが、限界への"挑戦"と題している通り、現状最も厚い建築用硝子をハート形にし、穴を開けるのはそれなりに技術が要される加工なのであろう。
ガラスの穴より大きな木製の矢を通すのは、木を煮たあとにペンチで先を潰して乾かし、通した後に水につけるとあら元どおり。とまあそれほど難しい話ではない(”五円玉 矢”でググると方法が出てくる)。
難しくはないといえども、それなりの手間と時間のかかる行為である。
このしょーもないギャグで始まった作品は、ガラス加工とさらに手間暇をかけて作られた、その会社の技術力を誇示する道具なのだ。
きっと技術力は高いのだろう、加工も手間暇かかるだろう。
でも出来上がったのは、お世辞にも格好がよいとは言えないハートを射抜く矢だ。ご丁寧に赤布の上に鎮座し、さも高級品かのような虚構の箱まで付いてくる。
トドメに”なんで矢”なんてクソみたいなギャグを初っ端にかます始末。これが決め手だ、僕の中では完ぺきにゴミになってしまった。
技術と手間暇と会社の威信をかけたゴミは量産され、きっとお世話になった人や会社に記念品として配られたのであろう。
はたして貰った側はどう思ったのだろうか。飾るにもデザインはアレだし、絶妙にデカイし、クソみたいなギャグ書かれてる使い勝手のない'なんで矢"はこの上なく邪魔なブツだ。
愛想笑いしながら貰った側はその後どうするか、運良く飾られるものはごく少数だろう、大半は死蔵されるか、運が悪ければ捨てられてしまう。
死蔵品が運良く出てきても、現代にこれに価値を見出してくれる人に出会うのは一体どれだけの奇跡なのか。
こんなあるのか分からない来歴を想像をしていると、この上なく愛おしく見えてくる。
もうそのゴミは単なるゴミじゃなくなるんです。愛おしいゴミになるんですよ。
どう考えても世界一無駄なゴミでも、背景に思いを馳せるだけでこんなにも愛おしくなるんです。
最高ですね・・・。
こういう愛おしくなるゴミばかりを扱いたいものです。
追伸
世界でいちばん無駄なこいつは、骨董市で好き者なお客様に買われていきました。ありがとうございました。
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