白天の旅路

恐らく私の卒業旅行となるであろう東北独り旅は、幸いにも天候に恵まれ例年のこの時期ではなかなか見られないほどの降雪となった。雪化粧に頬を染める山々、静寂に支配された銀世界の中にありながら脈々と粛々とせせらぎを宿す水鏡を眺めながら入る雪見温泉は、もうそれはこの風景を額縁に閉じ込めて部屋に飾りたいと思わせるほどに格別のひと時であった。
その中で訪れた一軒目の旅館でふと思いついたことについて、いつもの如くあてもなくふらふらと筆を進めてみたいと思う。軽く寝る前に書き上げてしまうつもりが4泊5日+‪数日を通じての大作になってしまったが、少しもったいなかっただろうか…

私という人間は大学生活の大半を独りで過ごしてきた。最初から独りでいることを特別好んでいた訳では無かったが、中学高校6年間を通じての部活絡みの人付き合いに疲れたかのように交友を避け、そんな私がサークルなどに属する訳もなく、自ずと我が私立マンモス大学においては女性関係も絶たれてしまった。以前は独りでレストランに入ることを恥ずかしがる可愛らしい自分もいたが、少年がいつまでも無垢なままではいられない様に、そのうち他人が私のことなど車内広告程の気にも留めていないことに気がつき、それと同時にあれほど無数に張り巡らされていた周囲からの視線は私の生活の中から徐々に消滅していった。

よく「寂しくない?」「実は誰かにかまって欲しいんだろ?」と言われることがあるが、むしろ他人といることを苦痛に感じる瞬間さえある。以前独り旅中に現地に住んでいる友人と昼飯を食べることになったのだが、友人はさも当然の流れかのように食後も私の側を離れず、そのせいで京都駅から宇治、宇治から清水寺という、泣く子も泣くのを諦めるほどのクソムーブに連れ回すはめになってしまい、最初は笑顔の絶えなかった友人も清水の坂を登る頃には笑顔どころか会話のひとつもしなくなってしまった。しかし友人が私についてきたことに後悔するそれよりずっと前に「はやく帰ってくれないかな、、」と淡い期待をこめて願う自分がいることに私は気がついた。その時初めて、といっても前々からその兆候はあったのだが、私は確信することができた。私は独りでいることが“多い”のではなく“好き”なのだと。
私の後輩に全く逆の人間がいる。彼女いわくちょっと服を買いに行くだけでも誰かと一緒じゃないと嫌らしい。私からすれば全くもって理解に苦しむ話で、独りでいるということは自分が歩いて行く道先だけを照らしていればいいが、誰かを伴うということは自分の歩く道の隣まで、それも同じ明るさでその行く先を照らさねばならない。どちらが容易いか、そんなことは聞くまでもないだろう。

しかし私は時折不安になることがある。この道の先にあるものは何だろうか、と。
独りで社会を生きていくということは自分の行先だけを照らしていくことだと私は言ったが、そこには“他人を殺して”という前提がある。最初の人殺しはレストランに入れる程度の人数から始まる。10人に満たない他人を意識の中で背景と同化させその視線を消滅させることで初めておひとり様ライフへの扉は開かれる。しかし一度その快適さを味わってしまうと後に引くのは難しい。10人が20、30…と増えていくと共に、今までは意識内で“殺す”だけで済んでいたのが次第に他人を退ける行為として形をとり始め、果てにはトランプ、いやヒトラーのような自分に都合の悪い道は躊躇なく取り除くという自分第一主義の生き方がこの道の先には待ち構えているものの正体ではないだろうか。

そんなアドルフ街道まっしぐらの私に逆風を吹かせたのが今回の旅館での出来事であった。
既に述べたように私にとっては独り飯など日常茶飯事のことで、レストランだろうが完全予約制のうなぎ屋だろうが焼肉の食べ放題だろうが、どれも私にはラーメン屋に行く程度の敷居しか感じられない。だからこの日も独りで食事をとることに寸分の抵抗も感じなかった。ただ違ったことと言えば部屋食であったことだろうか。
その日泊まった秘湯を売りとする温泉旅館は、窓から臨む寒々しく雪を被った別棟とそこからこぼれる暖かな光によるコントラストが日本ならではの奥ゆかしい美意識を演出しており、その中にコンビニや街灯などの日常の中で私たちの目を最もよく刺す光が一切存在しないことが、自分が日常世界の延長線上にありながらも全く違う世界にいることをより一層実感させた。窓の外に広がる銀世界は本質としては日常のそれと同じであっても、私には小説やアニメの中の世界と同じぐらい非現実的であり、かつその美しさを自ら訴えてくる力強いひとつの主体として映ったのである。
そんな幻想的な眺望を有してはいるものの、部屋の内装自体は2~3人程度を収容できそうなスタンダードな和室で、ただ普段暮らしている寮の部屋が狭い上にこの部屋には置かれている物が少ない分、広いというよりは無駄な空間が多いように感じられた。部屋の中で人が行動する範囲などたかが知れており、特に何でも面倒の一言で片付けてしまう私の場合、椅子を中心とした半径1mの空間にお茶、ティッシュ、ゴミ箱、リモコンといった、だだっ広い部屋の中でも選りすぐりの品々だけがそこに並ぶことを許され、到着して15分も経たないうちにそこには堅城鉄壁を誇るアヴァロンが完成した。
チェックインの際に指定された時間になると部屋の戸を叩く音とともに従業員が夕食を運んでくる。幼い頃に見ていた時代劇の中でしか見たことのない膳での提供に多少感動しながら、他の品々同様に膳はアヴァロンの中枢、椅子の正面に据えられた。従業員から料理の説明を一通り聞き終わると室内は私を残して無音となる。テレビもない上両隣りが空室というワンフロア貸切状態なこともあって部屋には食器同士が擦れる音と淡々と箸を進める私の咀嚼音だけがやけにうるさく響いた。部屋が明るいためアヴァロンからでは息を飲むほどの雪景色は全て常闇の中に沈み、そこから臨める景色といえば畳と襖、そして目の端には選りすぐりの品々が映るぐらいだが、それは世界から自分以外の人がいなくなってしまったのではないかと思うような時間だった。

そういった経験はこれまでに数回ある。世界から自分以外の人間が一切消えるなど厨二病もいいところだと思うかもしれないが(事実そうなのだが)、そもそも人間は隣の他人が生きていることすら証明することは適わない。いつ彼らがどうにかなってしまっても、あるいは今目の前に広がっている世界がどうにかなってしまっても変わらず絶対なのは自分という存在だけであって。なので私は神だの悪魔だのを創作の住人として愛してはいるが決して信奉してはいない。例えばそれは生きる物全てが寝静まる夜半の銀世界を闊歩する時、朝日が木々の合間を縫って僅かに照らす山道を登る時、雀のさえずりに耳を涼ませながら屋上で陽の光を待つ時、確として認知できるのは眼前に広がる無機の世界と自己だけとなり、それ以外の他者は世界から一切消えてしまう。
その時、初の独り部屋食に遭遇した時、私はまさにそれらと同じ感覚に見舞われ、同時に今まで無用の長物にしか感じられなかった自分以外の客と彼らの食器が擦れる音、あるいは忙しなく席間を移動する店員やその声が恋しくなった。それは今まで広い空間を独り占めすること、静寂に包まれることを悦びとして求めてきた私にとって思いもかけない、いやありえないと言えるほどの感覚であった。美味しいもの同士を掛け合わせてできた産物が必ずしも美味しいとは限らないように贅×贅は虚無を生む。私が“空間の占拠”と“静寂”の掛け合わせによってできあがったその場に見た虚無とは、とっくに知っていたはずの孤独であった。

冬を「人肌が恋しくなる季節」と言う人がいる。これが滑稽なことに紛れもなく私なのだ。骨と皮しか持ち合わせていない私にとって冬は生きているだけで苦痛を伴うと言えるほどに寒い。朝起きてまずやることと言えば暖房をつけることであり、外出時は3~4枚着込んだ上にマフラーを筆頭とした防寒具をフル装備するのが辛うじて冬を生き延びるための術である。しかしそれだけ着込んでまで寒さを凌ぐ理由はそれだけではない。
冬の寒さが私の肌を撫でる度に、私は自分が独りでいることを実感させられる。それが嫌で、その孤独を認めるのが怖くて、悔しくて、私を覆う鎧は膨張を重ねる。自分を守るために。現実から目を背けんがために。
結局のところ私は独りが好きでいながらそれと同じだけ他人といることも好きなのであった。本当に誰かといるのが嫌いなら独り旅中にわざわざ予定をねじ曲げてまで友達に会おうとなんて思わないし、本当に独りでいることを愛しているなら旅先の部屋で感じたこの虚無はなんだろうか。自分の行く先だけを照らして歩くのはたしかに楽だが、終わりの見えないその道のりを独りで歩くのは厳しかろう。その永く果てしない道のりを誰かと手を取り共に歩めるのなら幾分か気もまぎれる。何もずっと自分が灯りを持ち続ける必要もない。疲れたら隣のやつに代わってもらえばいい。
私は遠くのものに焦がれるあまり手元にあるものをこぼれ落としてしまっているのではないだろうか。ふとした日常は一見既知のものに溢れ変わりばえしない退屈な日々にも感じられるが、それはただの自分の努力不足であって日常の中にすらいくつもの発見が潜んでおり、例えばいつもの帰り道を1本隣にずらすだけでも新たな発見が得られるものである。「人間の不幸とは、幸せの渦中にある時にそのことを自覚出来ないことだ」と昔漫画で読んだことがあるが、これらは盲目という観点で同じ視座にある。自分にはなんだかんだで人並みに知り合いがいて、日々それなりの雑踏に囲まれて生きている。普段は煩くて嫌いな寮生の騒ぎ声も、上の階の住人が床に物を落とす音も、近所にある公園を週末に限って賑やかす行楽客も、早朝から遠巻きに聞こえてくる電車の走行音も、全ての他人と音が知らないところで私の世界を彩っている。

私はこのことにまだ気づいたばかりであり、さっそく明日から今までの価値観を全く変えてしまうというのは難しいかもしれない。でも少しずつ、少しずつなら、。

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