地に打ちつけられた手袋 -まえがき-

この歳になってよもや読書感想文を書くことになるとは。

長期休みごとに課されていた読書感想文を、苦虫を1つずつ口に運ぶかのような苦痛と憂鬱さで書いていた中学生の頃の私は、残り少ない貴重な学生生活の一端をそれに捧げている私の姿を想像すらしていなかっただろう。
私はそもそも本を読むこと自体あまり好きなことではない。物語自体は好きで中学生の頃は抜き打ちで行われる手荷物検査におびえながらも、毎日のように友達からマンガを借りては日付が変わるまで読みふけっていた。しかしマンガと小説では訳が違う。大量に並べられた文字を長い時間をかけて一語一語読み進め、そこから登場人物の容姿や表情、その場の情景を想像する、これらの一連にかかる労力は私からすれば物語から得られる興奮や感動を優に超え、そこには水泳の授業が晴れの日に行われるか曇り空の下で行われるかほどの、精神的に感じる差がある。そのため私はひとまとめに「めんどくさい」と嫌って、大学に入って暇を持て余すようになってからも、できる範囲の極限まで読書という営みを自分から遠ざけるようにしていた。

しかしそんな私が筆を執るに足りる、そんな私をも突き動かすだけの“もの”が、私の中には確かにあった。
友人からこの企画を紹介され、そこで4ヶ月ぶりにその名前を目にしたときに“それ”は確信へと変わった。

前置きが長くなってしまったが、これは敬愛する安壇美緒先生へのファンレターであるのと同時に、私を新卒採用の1次面接で落とした集英社に対する果たし状でもある。
逆恨みも甚だしい?知ったことではない。
人間2週間もあれば大抵のどうでもいいことは忘れてしまう。それが4ヶ月も経ってその3文字から構成される文字列を見るだけで、恋文でもしたためるかのようなテンションでESを書き上げた時の興奮、オンライン面接を前に自室に張り詰めた緊張、終わった後の安堵、高揚、そしてお祈りメールを目にした時の絶望、その全てをまるでさっき体感したことのようにまざまざと思い出す。

うん。間違いない。私は悔しがっている。

就活は恋愛によく例えられる。ESという名のラブレターを受け取られて脈ありなのか??とその気になって待ち合わせに行ってみれば、1回会っただけで品定めを受けて後日メールで振られるだなんてあまりに酷い話だ。どこぞの元議員の4年ぶり2度目の不倫の手口と何ら変わらない。
悔しい。
見返してやりたい。
であれば相手と同じ土俵に立ち勝負を仕掛ける他はない。
目には目を、歯には歯を、出版社には文章を。

手袋は既に投げられた。さあ拾い給え、集英社。

2020.11.30 りょーへい

#読書の秋2020 #集英社 #金木犀とメテオラ

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