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何かを独り占めしたいのなら、まず傷んだバナナを用意します。

著名な美術系のライターさんがTwitterで紹介しているのを見て「あ、いいな」と思い購入した『五味文彦画集 瞳の中の触覚』。封を開けてパラパラとめくる。やっぱりいい。そのままカバンに入れて自分の家に持ち帰った。家に着きカバンから画集を出すと画集をもつ手がぬるりと滑った。「ぬるり?」予想外の感触に嫌な予感がしつつ出してみると、よくわからない黒い液体で濡れた画集。慌てて拭いてカバンに手を突っ込むとそこからやっぱりぬるりとしたものが。引き上げた私の手には、完熟しきった黒いバナナが一本。

年末、地元の友人と久しぶりに飲んだ。積もる話がたくさんあり、気がつくと0時を回っていた。慌ててお会計をし、店を出て行く私たちに、居酒屋の店主は一人一本のバナナを渡した。「バナナって!」たまに一輪の薔薇とかを渡してくる居酒屋はあるけど、さすがにバナナをお土産にもらえる日がくるとは思ってなかった。貧乏だったんで助かりますなんて大笑いしながらそのままカバンに入れた。真っ黒なバナナをカバンから引き上げたとき、最初に蘇ったのは、ほろ酔いながら大口を開けて笑っている間抜けな自分の顔だった。

これからゆっくり堪能としようと思っていた画集が早くも傷物になってしまった。半泣きで画集の黒いぬめぬめを拭き取る。しかし、いや待てよ。これは、ある意味誰にも見せられなくなってしまったということだ。手に入れたばかりのときは、いいものをみんなに布教しようという気持ちに満ちていたけど、汚れてしまったらもう恥ずかしくて見せられない。

「独り占めできる」という気持ちが湧いた途端、悲しみで土砂降りだった心がカラリと晴れた。汚れて初めて、これは自分だけのものになったのである。綺麗に綺麗に腫れ物に触れるようにしていたら、いつまでも私のものという感覚は薄いまま、満ち足りない思いに寂しくなっていたかもしれない。

……ええ、そうです。自分の女子力もとい人間力の無さ、清潔感の無さ、生活力の無さ、だらしなさを、意味ありげに書くことで綺麗に昇華する。ただそれだけのために書いています。

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