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「こんなの初めて(はぁと)」と言わせてみたい。

「初めてビートルズの曲をラジオで聴いたとき、たしか『プリーズ・プリーズ・ミー』だったと思いますが、身体がぞくっとしたことを覚えています。どうしてか?それがこれまでに耳にしたことのないサウンドであり、しかも実にかっこよかったからです。(中略)今にして思えば、要するに彼らは優れてオリジナルであったわけです。他の人には出せない音を出していて、他の人がこれまでやったことのない音楽をやっていて、しかもその質が飛び抜けて高かった。」(村上春樹『職業としての小説家』)

現在本職のライターのかたわら、週3日、銀座のとある画廊で働いている。もともと芸術が好きだったし、ライターだけだとちょっと生活費の面で心もとなかったからだ。今は常設展示ということで、少し正月らしい絵を並べている。その中でも目立つ作品は、室井東志生の『舞妓』だ。ご存知の人も多いはず。日本画家で、日展を中心に活動していた。彼の美人画は格別で、箱から出したとき、思わず「わ。」と声が出てしまった。

今日はそんな銀座の画廊勤務を終えてから、徒歩5分ほどのところにあるヴァニラ画廊へ。お目当てはもちろん古屋兎丸展「禁じられた遊び」だ。『ガロ』出身の作家で、代表作は『ライチ☆光クラブ』や『帝一の國』など。グロテスクなアングラ描写もあれば、爽やかな王道(?)少年漫画も描ける、実に引き出しの多い作家。中村明日美子先生などもそうだが、アングラ作品も王道作品も描ける作家の爆発的なパワーというのはすごい。多種多様なバリエーションと確かなエンターテイメント性で、本当に幅広い読者の心を深いところで鷲掴みにするのだ。

先日、うちの画廊に来た画家が、室井東志生の作品を見ながら「外から見ても、あ、と思ったよ。明らかに放つオーラが違うんだから」と言っていた。さらに昔にさかのぼり、昨年別の作家の個展をしていたときに訪れたお客さんも「いい絵っていうのは、門扉をくぐるときに緊張してしまう。畏怖の念を抱かせる。でも、一度自分がそこに受け入れられてしまうと、抜けられなくなってしまうんです」と言っていて、頭がちぎれるくらいに同意した覚えがある。そうなんだよ、そうなんだよなあ。"うまい絵”っていうのは、この世にあふれんばかりあるものだけど、”すごい絵”っていうのはなかなかお目にかかれるものではない。頭ひとつ飛び抜けたその凄まじさは、それこそ美術館に行ったって、必ず出会えるものではないものだ。

古屋兎丸先生の作品を初めて読んだのは、高校生の頃だ。きっかけはもう忘れたけど、『ライチ☆光クラブ』を読んだときの衝撃は忘れられない。自分の人生で、まさに初めて出会った感情であった。体も心も痛々しい描写に、つい目を覆いたくなりながらも、気がつくと先生の描く世界観の虜となり、抜け出せなくなっていた。漫画を読んでこんな感情を呼び起こされるとは思いもしなかったし、先生はそれからずっとその才能を惜しみなく発揮し、素晴らしい作品を続々と世に出している。古屋兎丸展はそんな先生の20年の軌跡をたどる、原画展だ。先生の絵って本当に、ヴァニラ画廊と親和性高いなあと思う。

帰りは、ヴァニラ画廊のとなりにある「はしご」のザーサイ麺で〆る。醤油ベースのスープに柚子の香り。細くて固めの麺に、ザーサイとひき肉、青梗菜が乗っている。これまた衝撃の美味しさ。

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