イラスト練習2024年9月
こう見ると描いているような描いていないような。
そんな気もするけれど。
今月も頑張って描いた成果を見ていってください。
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雑記
道順とか道路とか覚えるのも余裕。名前を覚えることもまあ余裕。 顔と結びつけるのはもうちょっと時間かかる。 この人がどういう人でどういうのが好きっていうのはほんっっとうに覚えられないし、たぶんあまり興味がないのも原因。他人の好きに興味がない。聞いても自分が興味ない分野だと尚更覚えられない。
コエイ鯖の人たちに何人かいる「私、これが好き!」って明確な人が羨ましくもある。開発者を崇拝する鯖主さん、某ボイス担当を狂愛する某氏。推し!って宣言するのに躊躇する私は何を思うのかというと、周囲に宣言する中で、「もし飽きてしまったらどうしよう」と考える。まあ、こう文章にすると実にくだらないのだけど。
呪いに近い禊、縛り、あるいは誓いを設けるのが怖くて仕方ない。 飽きようものなら後ろ指を刺される気がしてならない。キョロキョロ周囲を見回して顔色伺い、同じ歩調で歩いているつもりでいる。その実、私はただ半歩後ろどころではない、はるか後方で足を止めているのみ。
一昔前までは「推し」のことをオタクは「嫁」と言っていた。 嫁というのはつまり、生涯を共にすることを誓う存在であって、それはそれでオタク特有の誇張表現だったなぁとも思う。 ただ、昨今の情勢、成婚率の低さ、オタクの独身率の上昇とかまあいろんな事情が重なり「嫁」という表現も違うのではないか? とかそんな重い表現をしなくてもいいように「推し」という表現が変わって出てきた。それこそオタクという言葉がポピュラーになった結果、侮蔑の言葉として使われるようになった「チー牛」のような。 ただ、「推し」という言葉はそれはそれで「推し変」…つまり「推し」を変えるときに使われる言葉なんかも生まれたりと、結局重くなってきたなぁとも思うになっている。
最近、実はハマっているあの方の配信についても、本当に好きだけど、いつか飽きてしまったらどうしようという気持ちもありながら、私はいまを生きることしかできないのだと……またそう実感している。
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