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シリーズ 昭和百景 「“戦後政治の床柱”を見守った、女の一生 総理の乳母 久保ウメ」

割引あり

 歴史の陰に女性あり。
 久保ウメさんはまさに、そんな言われ様を、自らの人生を賭して体現したひとりであったのかもしれない。
 岸信介、安倍晋太郎、安倍晋三と続く政治家たちをまさにその最奥で見守った女性であった。
 私はそんな彼女の言葉に敬意を持てども、一度として暴露趣味の嫌らしさを感じたことはなかった。
 彼女は安倍家を離れてなお、おそらく最後まで安倍家を守り続ける、そんな矜持に満ちていた。
 ただ、彼女に誤算があったとすれば、それは“知り過ぎた女”であった彼女を取り巻く、周囲の者たちの「意図」までは想像していなかったことかもしれない。
 誰が彼女を疎んじたのかと言えば、おそらく誰が指示をしたわけでもなかったのだろう。
 誰が彼女という存在を懸念したのかと言えば、おそらくそこには具体的な名前は浮かんではこないのだろう。
 彼女は、固有名詞なき空気という見えない全体性によって、ふるさとでその存在を封じられることになったのかもしれない。それもまた、ムラにおける言葉なき意思であったのかもしれない。
 あるいはさらに大仰に言うならば、戦前の日本からつながる「首魁なき、犯意なき全体主義」とでも呼びうるのだろうか。
 残念ながら、本稿にはスキャンダルも、暴露話も登場しない。
 ただ、自らが欲するがままに戦後政治の季節を見守った、それも戦後政治の床柱とでも評されるべき国民的政治家を守った、あるひとりの女性の一生である。
 そんな女性の最晩年、縁あって言葉を交わすことになった私は、彼女の言葉の断片から、戦後の季節を辿ることを試みた。
 原稿用紙では約300枚ほどの分量になります。

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114,573字

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