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毒舌 「すっぽん三太夫」シリーズ 「メール業務ってホントに能率的??」

 以下は、とある外資系企業の担当者Aと日本企業の担当者Bとのやりとりである。Aは世界的にも名の知れた、いわゆるグローバル企業の部長代理、一方のBは大企業とまではいかないが、いわゆるベンチャーではない中堅企業の部長である。

 海外商品の国内販売開始に合わせ、BはAから販促のプロジェクトを請け負った。いわゆる営業活動の受託である。A、B両社、実際に顔を合わせてのミーティングを経て、今後の細かいやりとりはメールにて、ということで散会となった。万事順調、であろう。

 Bは期日に遅れてはいけないと、早め早めの進捗状況の報告をメールで送り、またそれについてのAからの評価や指示を待つ。事前の打ち合わせ通り、誠実な対応を心がけた。

 だが、Bは早い段階からノイローゼ気味となる。Aから返信が来ないのだ。

「一体、どうしたのだろう。このままでは当初のスケジュールに間に合わなくなってしまう。ここはひとつ、メールではなく、電話で直接のやりとりに切り替えたほうがいいな」

 そう考えたBは、事前に聞いていた携帯電話を鳴らすも、いつ、いかなるタイミングでも、Aは電話に応答しない。折り返しの電話がくることもない。携帯を鳴らすと、直後にこんなメールだけが返ってくる。

「ご連絡、ありがとうございます。またこちらからご連絡します」

Bは考えた。「なるほど、何か事情があって社内調整中なのかもしれないな」。

 下請けという立ち場も踏まえ、Bは深追いせず、とりあえず「指示通り」に連絡を待つことにした。が、いよいよもうこれ以上は、というタイミングになってもなお、音信不通。

 Bはついに、Aの会社の電話を鳴らした。するとAは、「えーえー、それについては後ほど子細をメールにてお送りしますので」と応えるのみ。そう言われてしまえば仕方がない。Bはまた「指示通り」にメールを待つことにした。が、待てど暮らせど、来ない。これではもう、プロジェクトが本当に間に合わなくなってしまう。思案したBは策を練ることにした。

 電子メールには、いわゆるCC、BCCと呼ばれる複数アドレスへ同時に転送できる機能が付いている。BCCは、転送相手先が「ブラインド」になっているため、メールを受け取った相手は誰に同時送信されているのかを知ることはできない。一方のCCは、同時に送られた相手先が一目瞭然の機能だ。

 BはこのCCで、Aに送信するメールに、Aの上司のアドレスも加え、催促のメールを送ったのだ。と、休日であったにもかかわらず、今度はものの十分もしないうちに、Aからの返信が、初めて、届いたのである。おそらく、会社宛のメールも携帯電話に転送し、Aは自宅にいても緊急に対応できるようにしていたのだろう。

 Bは納得した。

「なるほど、Aは、上司に怠慢が知られそうになったときだけ対応してくる、そういう奴なんだな」

 結局、このプロジェクトはBの〝機転〟で、なんとか両社ともにメンツが保たれた。しかしBはそれ以後も、メールでのみ連絡がつき、電話ではまともに応答しない、IT時代の新手の〝ビジネスマン〟の出現に翻弄され続ける。

「携帯電話には出ない。会社の固定電話では細かい内容を話さない。すべてメールのやりとりで、といいながらメールは返信してこない。さっぱりわからない」。お手上げである。

 下請けと発注元という優越関係を措いても理解できない作法だと、ノイローゼ気味である。

 この作法の意味を、関西を拠点にするある外資系企業の役員に酒の席で訊ねてみると、なるほど、の答えが返ってきた。

「業務上のやりとりを必ずメールにするようにという内規を作っているわけではありませんが、メールを作成すること、メールでやりとりすることそのものが主たる業務になってしまっている傾向は強いです。書類を添付したり、すぐに相手の目に触れるように届けられるという、便利な手段であったはずのメールが、主たる業務そのものになってしまっているんです」

 主客逆転のメール時代というわけか。それにしても、電話では応答しないワケは。

「ああ、それは、自分に自信がない奴がそういうの、多いですね」

 さすが、役員氏である。部下の作法もよく観察している。

「電話がかかってきたのに、その場ではとにかく細かいやりとりを避けているように見える奴はたいがい、周囲の人間や上司に自分のやりとりを把握されるのを嫌う奴ですね。聞かれちゃ困るんですよ。つまり、自分の仕事ぶりに自信がない奴です。同時に、メールで、とだけ言っておけば、あとは自分のペースでいかようにも進められる。と称して、さぼれるから。私なんかは、これも実際のコミュニケーションでいい方向に揉んでいく作業ができない、自信のなさの表れだとみてますけどね」

 かような事情らしいと、この話をBに教えた。すると、「はああああー」と、エンドレスな溜息をついたあと、こう一言。

「一日中、パソコンの前に座って、遅々としたメールを繰り返して、それでねえ、それで、年収一千五百万かあー」

 Bは新たな悩みを抱えることになった。

「オレも外資系に転職してーなー。一日中、メールやって一千五百万かあー」

 なお、国際業務が日常化した日本企業でも、また別の「メール社員」が一日中、パソコンに張り付いたままだという。

「英語のメールが書けないから」である。短い英語のやりとりひとつでも、一日がかり、書類作成となれば数日がかり。

 電子メールは果たして効率的なツールだと言い切れるのだろうか。
 そして、流行りの合言葉、テレワークはいかなる運命を辿るのか…

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