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わき毛だって生き方のチョイス

放浪の末にオレゴン州ポートランドにたどり着き、住み始めて3年目に突入。映画AKIRAのように荒れるアメリカの情勢の中、日々生きる希望をポートランドでコツコツ集めている。住む街のいいところを見つけることは、わたしの人生のいいところを見つけること。1988年生まれ、鎌倉育ち。


いつ頃だろうか。一年前ぐらいから、私のInstagramのタイムライン上で、

  • 「体毛がないことを女性であることの必須条件にしなくてもいいんじゃない?」

  • 「どこの毛をどれくらい伸ばすかは、性別にかかわらず、自分で決めるもの」

そんな主張をしている投稿を見かけることが多くなった。発信しているのはおもにアメリカ人の人たちだったと思う。

「わき毛だって、すね毛だって女性の体に普通に生えてくるのに、なぜ女性だけがそれを剃るのが当たり前なの?なぜ体毛を生やしていると女らしくないと言われるの?」
「誰の視線を気にして体毛の処理をしているの?男性の視線?社会の常識?なぜわたしたちは、自分の体のことを自分で決められないの?」

そんな彼ら・彼女らの問いかけが、私に深く刺さってしまった。

実は10代の頃から体毛が濃くて、剃っても剃ってもすぐ生えてくることが悩みだった。しかも、アトピーで肌も荒れやすく、湿疹の状態によってはカミソリが長期間にわたって使えないこともある。肌に張り付けてべりッと剥がして脱毛するワックスも同じこと。

体の性も、魂の性も女性なのに、体毛が濃いめというだけで、「私は女性として劣っているんだ」という劣等感を若い頃から抱いていた。どこの毛をどれくらい伸ばしたいかは自分で決める。そんな当たり前のことを考えたこともなかったけど、言われてみてすごく腑に落ちてしまったのだ。

「毛を剃るな、剃ったら負けだ」ということではない。だから、毛がない方が心地よかったら脱毛しちゃって全然いいのだ。自分に選択肢があるという意識が大切ということ。

そういう風に意識してみると、自由で先進的な気風が強いポートランド、わき毛をのばしている女性がたくさんいることが気がつき始めた。アナーキストっぽい、アンチ政府!なパンクな女性から、ハーブを愛するナチュラルな女性まで。ボーイッシュな人もいればフェミニン、ガーリーな人も、結構たくさんの女性がわき毛を伸ばしている。すね毛を伸ばしている女性もたまに見かける。

まだ私の目は、女性のすね毛にもわき毛にもあまり慣れていないので、正直に言えばまだびっくりするときもある。でも、「ああこの人だらしないな」「ああこの人女性なのに、処理してない」そういう風にジャッジする気持ちは湧き上がってこない。むしろ、わき毛やすね毛のあるなしは、その人が「女かどうか」には一切関係ないんだ、と感じている。

そういう風に過ごしていたら、自分の体毛へのジャッジもだんだん減ってきた。実は、わたしも今年の春からわき毛をある程度伸ばしてみたりしているのだ。剃りたてのじゃりじゃりより、ちょっと伸びてやわらかい感触のわき毛のほうが、私は好き。

母国を離れて、外国で、外国語で暮らすって、楽しくない瞬間、むしろ辛い瞬間も多いけど、こういう気づきの瞬間があるから、なんとかがんばれるぅ。

わき毛だって、自己表現。生き方のチョイス。


自由で本質的な考えにふれられるからアメリカ暮らしは
やっぱりやめられない度
★★★★★(☆5つ中5つ)

https://www.instagram.com/nanao_with_mercury/

日々の写真はInstagramでアップしてるよ~!





はじめまして!アメリカに住んで約11年のNanaoです。ポートランドで日々コツコツと楽しみを見つけて生きてるよ。もしよかったら↑のリンクからInstagramも見てみてね。