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【小説感想】アルテミスの涙(著:下村敦史)

帯に書かれていた「全てのまばたきが伏線。」に目が止まって、あらすじに惹かれて購入。
閉じ込め症候群で寝たきりの入院患者に妊娠が発覚。誰に妊娠させられたのかの犯人探し。そして真相の先で人間の尊厳と命の倫理について考えさせられるミステリー。
著者の作品は『闇に香る嘘』以来。


こいつ怪しいな〜と思っていた高森医師が中盤であっさり犯人として捕まるけど、どうも様子がおかしい。
愛華の出産の意思が硬い。
心中相手が同じ病院に入院していることが発覚した辺りでようやく、もしかして…と。

中盤で挿入された愛華視点と思われた部分が、まさか豊田視点だったとは。
不自然な点がなく、見事な描写。
真相発覚後に伏線の解説のようにわざわざその部分を引用してくれて親切。
自分は気づいた瞬間にいったん戻って読み返したから、くどかったけど。

ハッピーエンドのような展開ではあるけど、手放しで「良かったね」と思えることはなく、多くの問題を残していった。
毒親、育児が困難な親の出産、障碍者の尊厳、堕胎etc…。
シナリオの面白さよりは、読者に考えさせるテーマを突きつけるという点において面白かったかな。社会派と言われるだけある。


特に印象的だったのは高森先生のこの言葉。

正論なんてものはね、人を追い詰めるためにしか役立たないものなんだよ。人間は、自分は正論に不快を感じて反論するくせに、他人には平然と正論をぶつけたくなる生き物だ。自分は正しいことをしているという思い上がりがあるから、相手の心の傷には気づけない。

文庫版343ページ

他人に糾弾されないためには正論に従うしかない。
ただ、正論は時に窮屈だから、正論に従わない人間への羨望も相まって糾弾する。
正論なんて時代や法律、環境など状況が変わればいくらでも変化していくもの。
そんなもので一方的に糾弾することなく、相手の状況も踏まえた上で対話をするようにしないとな、と自分への戒めになった。

子育てができない人間が出産するのには反対。
命の先には生活がある。
愛だけではどうにもならないこともある。
もっと現実的に考えないと…って20歳そこそこの子には厳しいかな。
やはり両親への当てつけが強いように思えてしまう。
高森先生も境遇が重なったから人工授精を実行したけど、そうでなくても患者の生きる希望のためだけに実行しただろうか。
彼も両親への当てつけが強いように思えてしまう。
先のことを本当に考えていたのか。
祖父母だけでは年齢的に無理があるし、結局社会に頼ることになりそう。
そんな無責任でいいのか。

って正論をぶつけたくなっちゃう笑
この正論も社会環境が変わればおのずと変わっていくけど。
児童養護施設で育った子がなんの遜色もなく社会に出ていくことが可能になり、そういう子への偏見が無くなっていけば。『殺人出産(著:村田沙耶香)』の世界のような。
同時に子育て世帯への手厚い援助も必要。公平感が無いと不平不満が出てくるから。
子育ての負担や責任が軽くなれば虐待やネグレクトも減るような気もするし。
社会全体で子育てをしているという感覚が広まればいい。

この正論の裏にあるのは、「自分は育児でこんなに大変な思いをしてるのに」とか「自分は覚悟と責任をもって妊活したのに」などの思い。
そんな思いが生じるうちは、正論を振りかざして否定的な意見をする人が多いのではないかな。
ただ、障碍者の人権や尊厳という点で見ると、現代の法の下では認めざるを得ないのかもしれない。もどかしい。

とはいえ育児が困難な人間が妊娠した場合に必ず中絶させるべきだとは思わない。
堕胎には心が痛む。
作中の真理亜の回想で登場したある体育教師がした教育はトラウマを植え付ける恐れがあって是非が分かれるようだったけど、少なくとも男にはトラウマを植え付けてでもあの教育をするべき。
せめて望まぬ妊娠が少しでも減って欲しい。

なんか上手くまとまらないし、はっきりした正解があるわけでもない。
それでもこうやって考えておくことが大事かなと思う。

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