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【小説感想】コンビニ人間(著:村田沙耶香)

今さら感…。
言わずと知れた芥川賞受賞作。
『生命式』『殺人出産』は読んだけど、著者の代表作(って言っていいのかな?)は未読だった。

既読の二作品は世界設定で釣られたけど、今作はあらすじにそこまで惹かれないってのがね…。

ただ、既読の作品は非常に興味深く面白かったし、逆にこの著者がコンビニ店員でどういう話を書くのか興味もあった。
ページ数が少ない(約160ページ)ってのも読み始めやすい要因の一つだったかも。


冒頭は主人公のコンビニ店員が働いている様子のリアルな描写。
店内の音や客の視線などさまざまな情報をもとに的確に次の行動に移る。
ベテランのけっこう優秀な店員じゃん。
複数客の弁当の温めとレジ打ち、袋詰めを1秒の無駄もなく行う某コンビニの店員さんを思い出した。
惚れ惚れするくらいの手際の良さなんだよなぁ…。

そんなことを思ってたら「コンビニ店員として生まれる前…」という不穏な言葉に続いて幼少期のとんでもエピソードがぶち込まれる。
ちょっと引くけど、かといって論理的に間違ってはいないのがなんとも。
同じ鳥肉でも食用の鳥は食べるのに、ペットの鳥は食べない。
「花の死体が供えられる」とか本当にその通りで、人間の気持ちのためだけに花の命が奪われる(花を供えることで死体の腐敗が進んで早く土に還る等のメリットがあれば別だが)。
同じ命なのに鳥は可哀想なのに花は可哀想ではない。
これって実際子どもに理由を聞かれたら説明が難しい。

そんな主人公がどのようにしてコンビニ店員になったかが語られる。

大学生、バンドをやっている男の子、フリーター、主婦、夜学の高校生、いろいろな人が、同じ制服を着て、均一な「店員」という生き物に作り直されていくのが面白かった。その日の研修が終わると、皆、制服を脱いで元の状態に戻った。他の生き物に着替えているようにも感じられた。

文庫版21ページ

店員を生き物って表現するのが面白い。
立ち振る舞い全てがマニュアル化されて絶対的な正しさ(その時何をすべきか)が存在するコンビニ店員は同じ習性を持った同種の生物ってことかな。

そして主人公に地元の友達がいるという意外な事実。
コンビニ店員は名前が漢字表記なのに、同窓生がカタカナ表記なのが気になった。
動物を個体識別するための名前みたい。
これも同窓生という種は習性が皆同じってことなのかな。

白羽の登場。
白羽はなにかと縄文時代ってうるせえし行動は痛いけど、言ってることは分からなくもない。
普通になれなかった普通の人間。

主人公がコンビニ店員を辞めてからの堕落っぷり。
意図せず入ったコンビニで蠢く全細胞。
まさにコンビニ人間だった…。
「新生児室の窓ガラス」と「コンビニの窓ガラス」を重ねて誕生を表現するってすげえ。


帯に記載されていた「普通とは何か?を問う」がまさに。

主人公は意識的に誰かをトレースして普通を装うけど、自分の喋り方も知らず知らずのうちに周りの影響を受けてそう。
会話の回し方とかテレビ番組のMCの影響を受けてると思うし。

洋服とか自分の好きなものを着て、普通に迎合なんてしてないように思ってても、知らず知らず普通の範囲内で選んでいる。
大学生の頃、ある時期から突然女装してきた人がいて、周りからは腫れ物に触れるような扱いになった。
ある人間が普通であるかどうかを判断するわかりやすい指標が服装なんだろう。
そうやって普通ではない人間は集団から疎外されていく。

当時は普通ではなかったけど20年近く経った現在では女装も普通の範囲内に入ってきたのかな。
そういう偏見を辞めようという風潮が普通になっただけかな。それも怪しいけど。
結局普通は多数派が決めるし、時代と共に変化していく
この「普通の流動性」が主人公にとっては厄介なのかな。

多数派が決めるだけで絶対的な正しさがないから、ペットの鳥をなぜ食べないのかの説明に困る。
この件は『性食考(著:赤坂憲雄)』でも触れられていて、大昔から(それこそ縄文時代から?)自分と距離の近いものは性や食の対象にならない、と。
性に関しては「遺伝子の多様性が生存に有利」というのがあるし、「近親交配で遺伝子疾患が発現しやすくなる」というのもあるから忌避されるのも分かる。
インセスト・タブー(Incest Taboo)って言うらしく、調べたけど難しくて思ってたより深そうだった。
「ほとんどの植物が雄しべと雌しべの成熟のタイミングをずらすことで自家受粉を避けている」ってのには「へぇ〜」ってなったけど。

食の対象については明確な理由が思いつかない…。
「ペットは食べるために飼ってない」っていうのはそうなんだけど、「死んでしまえばただの肉塊」って考える人がいてもおかしくない…ってこれサイコパスっぽいな。
『寄生獣(著:岩明均)』で主人公が猫の礫死体をゴミ箱に入れようとした時はゾッとしたな。
性も食も「自分との距離」ってのが個人で異なるから、コミュニティが線を引くことで秩序を保っているのかな。

結局、普通というものは流動的で時代や環境、地域などのさまざまな変動要因がある。
流動的であるはずなのに、過去から世代を超えて積み上げられてきた普通(就職結婚出産など)は地層深くにあって社会から取り除きにくい。
個人単位でも同じかな。
幼い頃から普通を刷り込まれて、それが否定されることもなく年数を重ねるとなかなか取り除けなくなっていく。

歳を重ねることで、いつしか自分の普通が普通ではなくなっていく。
それに気づかず普通を押し付けるのが老害ですかね。

相手が納得できるように説明もせずに普通(とされてるもの)を押し付ける。
そんな愚かな人間にならないように、との戒めのような小説だった。

私が敬愛する高校時代からの友人が「普通というのは相手に何か強要する時に、自分は責任を負いたくないまたは説明を省くシーンで使われる枕詞だと思ってる」と、グループLINEでの何気ないやり取りの中で発言していた。
さらっとこんな発言が出てくるあたり、普通じゃないな。
普通じゃないからこそ彼に強く惹かれたんだけどね。

既読2作品は世界設定に異物を混入させることで現代社会の仕組みを対照的に浮き彫りにしていたけど、今作は人物の異物を混入させて現代社会の仕組みをそのまま浮き彫りにしている。
普通についてこんなにたくさん考えさせられるとは…。

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