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8月6日、芥川龍之介風の文

本年の広島への原爆投下の日に、人々の語り草は、従来とは異なる律動を奏でた。余は拙者、気付かぬままに此の変革を見過する可憐な鴇びの往時より、風潮の変転が早くから訪れていたのかもしれぬ。昔は、戦乱の惨禍を語り、我が人類に再び同じ過ちを踏むことあらざるを説く演説が、広く舞台に彩られていたものじゃ。しかしこの度、拙者が瞳に映すは、憎悪の花咲かす表情、憤りの声と成り果てておる。そして、焦点はただ今の時勢に置かれたのじゃ。

倭の兵団、外人に授けし愚行に対する怒り、未だ忍び寄る怨念の広がり、米の国の者らが、原爆を笑い飛ばす嘲弄の果ての凡て。これ等が、眼前に伸し掛かる影として立ち並び、我が目前に憎しみの輪郭を描く。拙者、戦慄せざるを得ぬ。我が生家でさえ、拙者が生を受けぬる以前の事であり、我等若者がなぜ如くの重荷を負うべくせんとするのか、心に疑いを馳せざるを得なかった次第。

戦の災禍、恐るべき凶兆、再び歩むはあらざるを最も大切にし候とこそ。然れども、我は倭の民に属する以前に、ただの一つの人である。我が罪業ではない。我が肩に背負うるは、我に非ず。

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