他者の主観 5

「いなくなりました…」
 私はただ、在りのままを報告する。
「ど、どういう事よ…!」
「ですから、母はもう亡くなって…」
 言葉を続けようとしたその瞬間、客人は私の胸ぐらを掴む。
「冗談聞きに来てるんじゃないのよこっちは!いくらアンタがあいつの子供だからといってもアタシは容赦しないよ!本当のことを言いなさい!!」
怒号が私に向けられる。その表情は怒り以上の何かを感じさせるものであった。
しかし私の母が目の前で亡くなった…いや、消えていったことは事実なのである。
「…わかりました。何度でも言います。私の母は私の目の前で消えていきました。そしてこの腕に付けていた装飾物こそが唯一それを証明できるものです」
 そう発した直後、私はオーラが込められた強力な平手打ちをもろに喰らう。当然逃げるわけでもなく受けた私は研究室の床に倒れた。
「…」
 もう1人の客人が倒れている私を見つめてくる。彼女は私の母の母、つまり祖母に当たる人物だ。
「…なんでしょうか」
 倒れたままの私は見つめてくる彼女に問いかける。
「…立ってください」
 そういうと私の祖母は手を差し伸べてくる。それに答えるように私は手を伸ばす。
 私の祖母である彼女は現在は禁止されているという大魔術の使い手であるという。その能力から、「その相手がいながらも、他の生命を自分に上書きする」…というかなり歪な能力の使い手なのだ。それゆえ私の祖母であるにもかかわらず、亡くなった母や、時には私ぐらいの年齢になっていることもあるそうだ。今は私より5~10歳程上の容姿である。
「アンタねえ!そういう変に甘いところが孫に影響してんじゃないの!?」
「…貴女は黙ってなさい。これは私たち家族の問題です」
「…フン!」
 私を平手打ちした客人を一言で黙らせる。彼女もまた、「対象の時間を戻す」という自身の能力を使い長い間生きている人間である。
「少しこのまま動かないでほしいの」
 祖母は私にいう。
「わ、わかりました…」
 先程起き上がる際に掴んでいた手はそのままに、今度は私の額に空いているもう片方の祖母の手が近づいてきた。
「…『回想共有』」
 その直後、私の額にかざされていた手が光る。
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『…戻ったか!陽子!』
『ウッ…戻って…来たのか…?』
『心配したんじゃぞ!ワシと一緒にこの次元ホールを観察してたら急に引きずり込まれて…!』
『…すまない…』
『…なんじゃ、泣いておるのか…?』
『…いや、泣いていた、の方が正しいか』
『…ただの神社に住まう狐の幽霊が力になれるかは分からんが…ワシで良ければ話を聞こう』
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 光っている彼女の手が元に戻る。
「…確かに陽子の心には何かかなりショッキングなことが起きている。それは事実よ」
「んなこたぁアンタが情報送ってるからわかってんのよ!」
 私本人には何のことであるかさっぱりわからないが、祖母の能力により、二人は何かを見ていたのだろう。『回想共有』という名前からして恐らく私の記憶を漁っていたのかもしれない。
「『回想共有』とは…?」
 ここは愚直に聞いてみることにした。
「陽子には話していませんでしたっけ…私の持つ力の1つです。触れることで相手の記憶を閲覧することが出来るというもの。しかし…対象である人物が「出来事」に対して思い出したくないなどの強い意識を持っていると私の力でも見ることは難しいのです。…今の陽子のように」
 私の質問に祖母は丁寧に説明をしてくれた。それは先ほどまでの来客の空気感とはまた違う、家族に対する温度感であったのを覚えている。
「つまり、あんたが傷ついてるその理由を「気にしなくなる」ことがない限りは永遠に見れないってコトなのよ!!!」
 打って変わってまるで私に剣を突き付けるかの如く、もう一人の客人は怒号を放ってくる。
「だから何度も言ってるように…」
「ああ!もう聞き飽きたわ!!いくらあんたの母さんだからって言ってもねぇ!あんたの母さんの親友を面倒見てる身としては一番聴きたくない言葉なのよ!!!」
 私の言葉はもう受け付けてないように見えた。
「もういいわ!アンタがそんな態度をとってんなら、その記憶を荒らしてでも真実を暴いてやるわ!」
「それは…どういう…!?」
その言葉を最後に、私の意識は…
 …
 …
 次に起きた時は自分のベッドの上にいた。
「陽子、大丈夫!?」
 到底祖母には見えない若い容姿と身体能力を持つ彼女---アトリ=エーカトールの声で目を完全に覚ました。

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●月●日の幽霊日誌より(日付がかすれて判読不能であった。)
 今までにない経験をした。「何かの黒い影」突然襲ってきた。ワシも見たことのない「なにか」だ。
 今でこそ年月の経った体であるとはいえ、ワシも神の使いの狐である。何とかこの場から追い払うことはできた。よくわからんスーツっぽい服をきたやつだったと思うが…。
 だが…1つ気になることも。「もっと先の陽子の記憶からきた」のような事をほざいておった。
確かにまとっていた匂いがこの時間よりももっと先であった。なのでもし、未来から来たのであれば合点がいく。
それにそいつ、かなり物事の根源に干渉する能力を持っていたな。
もし、そいつが未来の陽子になにかしており、過去に干渉されていたら…その過去が先の戦いのソレであったら…
兎に角、このあまり丁寧とは言えないメモも何かに活用できるのであれば…残しておくべきだろう。
 頼んだぞ!未来の陽子!!ワシは今全力でおぬしの歴史を変えようとしてる輩に対応しておるからな!!
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