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酔いどれ居酒屋で、「2.5次元」になる話。

初夏の陽気になった、2017年の、5月のある日。
神保町の古本屋を覗いてから、地下鉄で入谷、鶯谷へ。
小野照崎神社へお参りしてから、いつもの信濃路で、昼間から一杯飲ってきた訳ですよ。

店に入って通路をずずいと進み、奥の方のカウンターの、いつもの席に落ち着きます。

やっぱり暑い日だからね、最初のオーダーはこうなりますわな。
餃子にビール。

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席を一個空けて、左隣りが、演劇の台本を読み込んでいる俳優さんらしき人(←若い頃の香川照之さんふう)、同じく一個席を空けて、右隣りが競馬新聞を読んでるおっちゃん(←三遊亭小遊三師匠ふう)、背面にあるカウンター、つまり私の6時方向には若い「お嬢ちゃん」(←高畑充希さんを少しだけ庶民的にした感じ、でも十分美人)。そんな感じで座ってたんですがね。

だいたい、東京でも屈指の「酔いどれ居酒屋」(←もちろん、褒め言葉)である鶯谷の信濃路で、年もそこそこの「お嬢ちゃん」がひとり呑んでるとあっては、その筋のプロの方か、アウトローな彼と待ち合わせをしているかに決まってるわけですね(←邪推)。なので私としても、珍しく若い子がいるなあ、くらいな感じで当たり障りなく、運ばれてきた冷たいビールを片手に、焼き立ての餃子をハフハフ言いながら楽しんでいた訳です。

しばらくして、背後にいるその高畑充希さん似の彼女が、ほろ酔いな声で「梅酒ロックくださーい」とのたまうのですが、そこはバンカラな信濃路のこと、タイミングを見て、腹式呼吸のドスの効いた声でオーダーしないとオーダーが店員さんに通りません。彼女は果たして、2回めのトライでようやく梅酒にありついていました。

ああ、この娘は「堅気」(←ビギナーと読んでね)なのか…

なんて思っているうちに、彼女が台本を読み込んでいる香川照之さんふうの彼の隣、つまりワタクシとの間の席にすべり込んできまして、「役者さんなんですか?」なんて声を掛けてます。また彼(←以下香川さんと書きます)も、優しい感じの人で、「そうなんですよ」なんていいながら、高畑充希さんふうの彼女(←以下高畑さんと書きます)とお話しを始めまして…

聞き耳を立ててみると、高畑さんはさる美術大学の学生さんで、演技を勉強しているそう。一方香川さんもアングラから文化庁推薦のプログラムまでこなす舞台俳優さんだそうで。

なんかね、こうやって行きつけの呑み屋で、同じやりたい事を持っている同士が巡り合っていることに、というかその場に居合わせたことに、他人事ながら何だか凄く嬉しくなってしまいまして。やっぱり、そういう思いがけない出会いみたいなものって「お店のカウンターで呑む」という事の醍醐味であったりしますものね。ま、ワタクシは隣でただ聞き耳を立ててるだけなんですけども(笑)。まさにFMでやってた「アヴァンティ」状態です。

高畑さんが香川さんに聞きます。
「この店はよく来られるんですか?」
「いや、たまにね。家は近所なんだけど…君はよく来るの?」
「いえ、私は初めてなんです。こういう昼間から呑める居酒屋に来たら、人間観察ができると思って」
「ああ、それはあるよね。僕もここでずっと常連さんの会話とか、何を頼むのかなってずっと見てた」
「ここのお客さん、濃いキャラの人多そうだし」
「だよね」
「社会科見学のつもりで来ました!」

うん、高畑さん、社会科見学の場所を選ぶセンス、なかなか良いです。
 
香川さんが高畑さんに聞きます。
「バイトとか、何やってんの?」
「池袋でメイド喫茶と、塾講師もちょっと」

高畑さん、幅広いです。

よし、もうちょっと聞き耳を立てたいので生姜焼きも頼んじゃおう。

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「メイド喫茶はいい勉強になるでしょう?」
「役柄を演じてる感じですね」
「そうだよね、2.5次元みたいなもんだよね」

うん、確かにそうかもね。

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トマトハイを傾けながら、そこでふと思ったんですよ。

香川さんと高畑さんの隣で黙って呑んでるワタクシは、今「このお店の風景」になっているのであり、高畑さんにとっての社会科見学の対象であり、香川さんにとっての「人間観察」の対象であると。

ならば。

僕もちょくちょく、信濃路に来る呑兵衛として、ふと「2.5次元」になってみたくなったのです。

「お会計」

涼しい目元をした、アジアン・クールビューティーの店員さんに告げると

「2650円です」

財布から三千円を取り出したワタクシ。
できる限りの、落ち着いた、渋い声で。

「そのおつりで梅酒ロックを一杯、もらえるかい?」

果たして、提供された梅酒ロック。
香川さんと高畑さんの会話がほどよく途切れたタイミングを見計らって、高畑さんに声を掛けました。

「割り込むようですみませんが、これ一杯奢らせて下さい。良い社会科見学になりますように( ̄ー ̄)ニヤリ」

ワタクシがつい、と出したグラスを高畑さんは、凄く嬉しそうな顔で、
「ごちそうさまです!」って受けてくれました。

鶯谷の「酔いどれ居酒屋」にも、ちょっと訳の分かった、気障な酔っぱらいがいる。

それが彼、彼女たちの今日の人間観察の結果になれば良いな、なんて無責任なことを思いながら、そそくさと席を立ったワタクシ。
そこで高畑さんたちと一緒にもう一杯、なんてのは野暮の極み。

ごちそうさまー、なんて、いつも以上に張りのある声で言ってみたりして。
右隣りの小遊三師匠似のおっちゃんと、いつもおつまみを調理してくれるチャイニーズの男性店員の口角が、ほんの少しだけ上がっていたように見えたのは、酔いのせいかもしれない。

香川さんの舞台は、もうすぐだそうな。
そして高畑さんは、今夜7時からバイトだそうな。

みなそれぞれが、それぞれの持ち場で、最高のパフォーマンスを発揮できたらいいね。

鶯谷駅、北口。
改札でSuicaをタッチする。
ピッっていう音で、私も2.5次元から3次元に戻ったような気がした。

ああ、まだ陽が高いなあ。

(了)

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