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短編小説『無敵花火』

マリオでスターをとっても、穴に落ちてゲームオーバーになっちゃうときってありますよね。あと、軽快な音楽が、もう少し続くかもと思って、爆走して、敵にあたる直前に無敵タイムが切れてしまうとか……。

無敵なんだから、穴くらいは軽く駆け抜けて欲しいものです。

【無敵花火】

「花火が光っている間、自分が一番したいことを思い浮かべてみなさい。」
黒い火薬がむきだしの、細長い花火を手渡された夜のことを私は今でもよく覚えている。
夏休み、忙しいママはよくじーちゃまの家に私を預けた。夜遅くになってもなかなか迎えに来ない母を心配して、ぎゃんぎゃん泣く私に、色んなおもちゃをじーちゃまはくれた。

私は突然のことで、なかなかピンとこなかったので、何も考えず、空を飛んでみたいと思いながら火をつけた。
花火は、はじけるように細かい光を吹き出し、煙がもくもくと舞い上がると共に、私の体は宙へ浮かんだ。火が手元に近くなると、くすぶったように弱まり、ふっと息を呑むと同時に私の運動靴はコンクリートに着地した。涙に濡れた頬は乾き、身体は少しほてっていた。
玄関の灯りが漏れる薄暗い道路に、お線香のようないい匂いだけが残った。

浮かんでいたのは50センチメートルか、1メートルもなかったような気がする。それでも幼い私は星空がとても近くに感じた。

「これは無敵花火。火をつけている間はどんなことでもできるし、誰にも負けない。持っている分、全てあげるから使い切りなさい。」

じーちゃまがどんなときに使ったのか、聞けないまま、その年の冬に亡くなってしまった。

ビニール袋に入れた花火を握り、家に帰った。ママはまるで信じてくれなかったが、私はそれでもいいと思った。

それから、私は大切なときに花火をするようになった。
初恋の人の前で「好き」と言えたのは、花火がついていたとき。
就職活動中は昼間でも構わず火をつけて、警察を呼ばれそうになったこともある。
もちろん、初恋の人からは火が消えた後に「ごめん」と言われてしまったし、花火を持ったまま面接を受けるわけにもいかず、無敵花火を上手く活用できた自信はない。天国のじーちゃまも苦笑いをしていることだろう。

一度だけ、とても幸せな夜があった。
結婚式前夜、不安で泣いていたときに、そっと花火を差し出してくれたのはただひとり、無敵花火を信じてくれた夫だった。ふたりで眺めた花火は明るい未来をキラキラ、キラキラ優しい光で見せてくれた。

そうして、少しずつ使っていたつもりでも、息子が産まれる頃には、最後の1本になっていた。

徴兵令が出て、息子が出征する日、私は息子に花火を渡そうか迷った。
どうしても無敵花火に息子を守ってもらいたかった。一方、暗い不安が心に落ちる。渡そうか、やめようか、いつまでも判断がつかず、気づいたら、はらはらと涙をこぼしていた。

「無敵の間、息子は誰かを殺めるのだろうか。
もしかしたら、火が消えた直後に殺されるかもしれない。
むしろ、火をつけたことで標的になってしまうかもしれない。」

そういえば、昔、かなり激しい戦況の中、じーちゃまはただひとり生き残って家に帰ってきたのだと、お葬式で知った。
ビニール袋いっぱいの無敵花火を手渡して「使い切りなさい」と言ったじーちゃま。戦争で無敵花火を使ったのか。無敵花火を沢山使って生き残ったのか。
考えれば考えるほど、涙は次々と溢れ、嗚咽がもれた。しょっぱくてどろどろとしたものが、鼻をふさぎ、喉をふさぎ、息をするのも困難なほど、号泣をした。

「母さん。どうしたの。入るよ。」

部屋に入ってきた息子の姿をみて、いよいよ声を上げて泣いた。「行かないで」「生きて、帰ってきて」心は叫んでいるのに、出てきた声は意味をなさず。息子はただ、私の背中に手をあてた。

「花火しよう。」

一本の花火を見つめ、息子は言った。無敵花火の存在を知らないはずの息子が、何で私が花火を持っているのかも聞かずに。そして泣き疲れてふらふらの私を支え、玄関の外に出た。

まぶたは腫れ、激しい頭痛と耳鳴りに朦朧としながら、私は強く、強く願った。
世界が平和になりますように。こんな不安を、親が、夫婦が、恋人が抱えなくても済むくらい。

無敵花火に火をつけた。

【あとがき】

この作品のキーワードを思いついたきっかけは「お酒」でした。終電直前「今日は朝まで飲める気がする」「いつまでもこうして楽しく飲み続けれられる気がする」と思う、あの無敵タイムは何なのでしょうね?

リモート飲みだと終電を逃すこともないし、二日酔いになる程飲まないので、無敵花火はしまったままです。

今年の夏はみんなと会って、無敵花火を打ち上げ続ける夜を過ごしてみたいです。

あなたは「無敵花火」をどう使いますか?

●妄想編集部は誰でも自由参加型のコミュニティです。「無敵花火」をテーマにした別の作品でも「私だったら、こう使うかな」というコメントでも大歓迎。何か、楽しいことを一緒にできたら嬉しいです。

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