「ピストルマニア」

 俺には、中学の時の同級生 井崎という男がいる。その井崎がようやく一人暮らしを始め、是非ともきてくれよなんて言われ招待されたので、井崎の部屋に行くことになった。家具家電は必要最低限のものしか置いていない。

 そう、物語はこの井崎の部屋から始まる。

「僕はさ、ピストルマニアなわけさ。ウチには6丁の様々なピストルがある」
 井崎はニヤけてそう言った。
 中二病を拗らせているのか24歳にもなって拳銃って、ここは銃社会ではない。一般市民がそんなもの持っていていいはずがない。

「嘘じゃないよ。ほんとさ~ほら、まずは1丁め」
 そう言って水色の拳銃を俺に見せると井崎は銃口を俺の方に向けた。その拳銃はすぐに偽物だと分かった。何故なら明らかに水鉄砲だからだ。

「撃ってもいい?」
 質問をしておきながら、返事も聞かずに、井崎が引き金を引く。常温の水が勢いよく飛び出て俺の顔にかかった。

「どう? ビックリした? これは、水ピストルだったわけだけど、安心して。まだまだピストルはあるからさ」
 服も少し濡れた。井崎は謝ることはせず、こちらを見て笑っている。やられた方は面白くない。

「次はこれ」
 そう言ってピンク色の拳銃を俺に見せると井崎は銃口を僕の方に向け。
「これの中に詰められている弾は何だと思う?」
 こちらは、作りだけ見ると水鉄砲のようには見える。だがどことなく玩具感があり、本物には程遠いものであった。

「また水鉄砲じゃないの?」

「違うよ、試してみる?」
 また、返事を聞かずに井崎は引き金を引いた。

「痛って」
 俺の体に、サラミのような色の丸い形をした玩具が当たった。子どもを楽しませれるためだけの安物にしては、痛かった。

「これからはゲームをやろうと思う。残りピストルは4丁あるけど、実は、本物は1つしかないんだ。銃を1つずつ選んで自分自身にめがけて打ってみてよ」
 
「は? なんでそんなことしないといけないんだ?」

「何でって、俺たち親友でしょ?  親友の言うことなら何でも聞いてよ。そうだ、君が勝ったら僕の全財産である50万円全てあげるからさ」
 親友? ごめん。友だちだとは思っているが、親友だと思ったことはない。まあでも、こんな馬鹿げたゲームで50万円貰えるのなら、やるしかない。

「分かったやるよ。偽物を全て選べばいいんだな?」
 
 負けたら死ぬ可能性はあるが、おそらくこの勝負 勝てる!

 割り箸で作られた拳銃が1丁、黄色の拳銃が1丁、紫色の拳銃が1丁、残り1丁は素人が見ても、ああこれは拳銃ですねって分かるような見事な代物。普通に考えればおそらくこの1丁が本物だ。

「じゃあさっそく始めよう」
「まず1つ目、さあ、どれを選ぶ?」

「じゃあ、まずはその、割り箸で出来た拳銃で」
割り箸で出来た拳銃からはゴムが飛ぶ。

「せ、正解!これは大丈夫なピストルでしたっと」

「で、次は、どれにする?」
「それじゃあその黄色で」
 正直、紫色でも黄色でもどちらでもよかった。明らかに拳銃であろうあれだけ選ばなければおそらく大丈夫だから。

「よし、黄色ね」
 拳銃から出たパンジーの花びらが宙を舞う。その花びらが俺の膝の上に落ちる。 

「正解、パンジーでした」
 井崎は嬉しそうに笑った。

「じゃあラスト。残ったのはこの2つだね。紫色のピストルか銀色のピストル」
 勿論、紫色の拳銃を選ぶつもりだった。紫色のパンジーの花びらが弾として出てくるのではと、そういう予想までする余裕があった。

 だが……

「紫色って、毒を連想するよね」
 何気なく井崎が言った余計な一言のせいで即答できなくなった。

 よく考えたら、銀色の拳銃が本物だとしたらクイズとして成立しているのだろうか?

 だけど、ひっかけのひっかけかもしれない。本物っぽい拳銃を置いておき、それを偽物だと疑わせておきながら、実はそのまんま本物だった。これもありえる。
 このまま紫色を選ばれて、ゲームに負けてしまうと焦った井崎はあえて、毒とか言って脅し、答えを返させようとしたのでは?

「分かったよ。じゃあ君が偽物だと思った紫色の銃は僕が握るよ。そして君をめがけて打つ。逆に君は銀色の銃を握って、僕をめがけて打って!」

 そんなことをしたらどちらかが死ぬだろ?
 と普通なら驚くが、俺は驚かない。
 その言葉を聞いた瞬間に、俺は井崎の考えていることが読めたからだ。

 きっと、どちらの銃も偽物だ。
 同時に引き金を引いたタイミングで、あいつが「サプラ~イズ」なんて大きな声を出して驚かせてくるに違いない。
 井崎は、そういう男だ。

「よしいいぞ。やろうぜ!」
 俺は気楽に引き金が引ける。
 だって、偽物なんだから……

「いいね、やる気出してくれて嬉しいよ。じゃあ、3、2、1の合図で同時に引き合おう」

「せ~の 3、2、1 発射!」
 井崎と俺は同時に引き金を引いた。

「ダァーーン」
 大きな銃声にビビって俺は目をつぶった。
 目を開けると、血まみれになった井崎が床に倒れていた。

「は? おい、おい!」
「何やってんだよ。おい、マジで。このゲーム考えたのお前だろ? どのピストルが本物かもお前知ってたろ。ならば、俺が撃つ前に止めろよ!」

「……止めるわけないだろ。だってこんなチャンス2度とこないかもしれないじゃないか?」

「チャンス? 俺に50万円渡すことか? それとも俺とゲームをすることか?」

「違うよ。君は僕のこと、ほんと何にも分かってないんだね。僕のこと誰よりも知ってるみたいな顔するけど、君は僕のこと何一つ分かっちゃいない」
「このゲームはさ、君に復讐するために考えたゲームなんだよ」
 
「復讐? つまり、俺が本物の銃で自分自身を打つのを望んでいたってことか。 銃を使って、俺を殺そうとしてたのか? 自分で撃った銃ならば、自殺になるもんな」
「だけど、俺が全て偽物を選んだためにその計画は失敗した。あとに引けなくなって、結果自分が撃たれることになった。そういうことか」

「違うよ。君は、僕が計画に失敗したと思っているかもしれないけど、計画は成功したよ」
「僕はね、はじめから、君に僕のことを殺してもらおうと思ったんだ。君が撃った銃で僕が死ねば、君は殺人犯だ」
「もうすぐ警察が来る。知り合いの警察官に相談していたんだ。最近、彼女の元彼を名乗る男につきまとわれているってね」

「は? 何言ってるんだよ? 俺とお前は親友だろ?」

「親友? 笑わせないで。君は僕のことを都合のいいときだけ親友って呼んだ。欲しい漫画があるとき、新しいゲームを貸してほしいとき、宿題を写したいとき、そんなときだけ都合よく親友と呼んで、用がなくなると、僕が話しかけても無視したり、僕のことを殴ったり蹴ったりした」

「違う。あれは、他のヤツらがお前のこといじめろって言うから。俺じゃない、俺は関係ない」

「親友のことより、いじめっ子の言う事聞くんだね。君のこと、ずっと恨んでた。ずっとずっと、いつか復讐してやろうと思って、ようやくいい案を思いついたんだ」
「それが、君を殺人犯とすることだよ」

「殺人犯って……」
「これは正当防衛だろ? ただの事故だろ」
「このゲームはお前が誘ってきたんだし、これは俺の方が被害者だ」

「そうだね。そうかもしれないけれど、どうだろうね、今日起こったことを全て説明して、信じてもらえるかな?」
「友だちの家に誘われ、変なゲームに参加したら、友だちが血を流して倒れた。嘘をついているとしか思えないよね?」
 
 ……たしかにそうだ。今日起こったことを説明して、じゃあ無罪ですねとなる想像はできない。このままじゃ、俺が殺したと疑われる。俺は、殺していないのに。

「50万円はね、冷蔵庫の中に入っているよ。約束は約束だからね、ゲームに勝った君に50万円はあげるよ。ただ、僕の部屋から現金がなくなったとしたら、ますます君は疑われるだろうね」
「ようやく復讐できたよ。まんまと僕の作戦に引っかかってくれてありがとう」
 そう言って井崎は目を閉じた。

 ――井崎は死んだ。

 結果的に、俺が殺したのである。

「ピーンポーン」
 井崎家のチャイムが鳴る。

 俺にはこの場を逃げる時間も、井崎の遺体を隠す時間もなかった。

 ……井崎の言う通り、俺は殺人の疑いで逮捕されるだろう。状況を全て話すつもりでいるが、おそらく、信じてもらえないだろう。

 俺はゲームには勝ったが、勝負には負けたのである。

 (終)
 

 

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