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わたしの三大モヤりwordsと秋田冠水

わたしが今まで聞くとモヤモヤしていた三大ワード、
「ボランティア」「支援物資」「募金活動」
秋田の大雨被害によりこのワードたちを聞いたり、関わったりすることが多くなって、ぽわぽわ〜っと考えてたこと、今日五城目町でのボランティアで感じたことを取り急ぎ言語化してみることにしました。自分のための備忘録。



秋田、記録的大雨

7月15日、記録的大雨により、秋田市街地が広範囲で冠水。五城目、能代も住宅の浸水被害や断水。今まで何度も通った、市内の馴染みの道が腰の高さまで水浸しになっていたり、住民がボートで救助されたりしている映像がTwitterで流れてくるのを現実味なく眺めていました。幸いわたしが住んでいる学生寮は小高い場所にあるため、「雨すごいなー」程度で特に被害はなかったものの、身近でこんな自然災害が起こったこと自体が衝撃でした。

三大モヤりwordsにモヤったきっかけ

「ボランティア」「支援物資」「募金活動」
この言葉にモヤモヤを感じたのは、高校生の頃から数回訪れたカンボジアでの経験がきっかけかなーと思います。

  • 日本の大学生が学校建設ボランティアで建てた学校が、無計画な運営体制で経営困難に陥り、学校として機能せず建物だけ残されている。

  • 日本から支援として数学の学習教材が送られてきたが、カンボジアの学校のニーズに合っていないため使用されることなく放置されている。

  • カンボジアの学校に置いてあった、日本からの支援物資と思われる日本語の本は、明らかに現地の生徒のレベルと合っていなかった。

  • ゴミ山で物質的な支援活動を行なったところ、支援物資を受け取るためにゴミ山に人が集まってしまい、逆効果となった。

  • 支援物資を無料で配布することで現地のビジネスを奪ってしまった。

このような現状を見たり聞いたりする中で、「ボランティア」「支援物資」「募金活動」の善意による一方的な支援に限界を感じ、持続可能性のなさやトップダウン的な関係性から、苦手意識を持っていました。

高二で利用したトビタテ!留学JAPAN(官民協働の留学奨学金制度)は「国際ボランティアコース」で応募するのがあまりにも悔しかったので、
「プロフェッショナルコース」(プログラミングやテクノロジーを学ぶ理系の高校生がメイン)のコースで「日本語教師のプロフェッショナルになります!!!」ってよく分からん嘘八百並べて応募して2回目のカンボジアに行きました、思想強めボランティアアンチ。高校生こわい。

高二の冬。劇団に所属してた経験から、インターン先の日本語学校で日本語劇の授業を行った。

五城目でのボランティア

とはいえ、2年半住んで愛着が湧いてしまった秋田の変わり果てた姿にじっとしていられず、秋田市内と五城目での災害ボランティアに参加してきました。今回は今日の五城目でのボランティアで感じたことを忘れないうちに書き留めたいと思います。

  1. 想像以上の被災地。ボランティア、必要だ。

大通りから一本中の通りに入ると、すぐ、大きく被災した住宅地が目の前に広がります。大雨から1週間経ってもなお終わりが見えない、泥を掻き出し、家財道具を運び出す作業。猛暑で降った雨が乾き、車が走るたびに土埃が舞う道路。連日の復旧作業で疲弊している住民の方々の顔。

こりゃ、「ボランティアに苦手意識」とか言ってらんない。

数年間持ち続けていた苦手意識は一瞬で撤回されました。
災害時のボランティアの必要性。自然災害において、ボランティアでもなんでも、何がなんでも人手が必要な状況があるんだ。って、当たり前のことだけど、今更気付かされた日でした。


浸水して使えなくなった家財道具が道路にズラっと並んでいる

2. 炊き出し配布。「ありがとう」を素直に受け取れない。

午後は卒業生の先輩にお声がけいただき、炊き出しの手伝いをしてきました。おにぎりやお弁当の配布場所で待機し、いらっしゃった方の案内をする担当でしたが、周知が足りておらず、まばらにしか人が来ず。本当に食糧支援が必要な人は配布場所まで足を運ぶことすらできない、とのことで、被災した住宅地の中まで入って配布することにしました。そこで悶々としたこと、考えたこと、きれいな言葉にまとめれる気がしないので箇条書きで記録しておきます。

  • 泥だらけになりながら復旧作業を行っている地域住民の方々と、泥ひとつついていない綺麗な服装で炊き出し配布する、「ソト」から来た感満載のアウェーなわたしたち。

  • 炊き出しを「提供する側」「受け取る側」という援助関係。

  • わたしは炊き出しを用意した訳ではなくただ配布しているだけなので、素直に「ありがとう」を受け取れない葛藤。

  • そして「ありがとう」と言われれば言われるほど、炊き出しを「提供する側」「受け取る側」の援助関係が強調されるように感じてしまう。

  • でも、実際、被災地では食料の買い出しがままならないため、炊き出しを必要としている人がいるのは確か。援助関係がどうとか言ってらんない。

  • 被災していない自分が「ソト」から来た感満載なのは当たり前。

ごちゃごちゃ考えずに仕事しろって感じだ。

冷えた飲み物が一番需要あった

明日もボランティアに行く

2年半暮らして、なんか好きになってしまった秋田。
「ちょっとでも自分ができることを」ってわたしの気持ちも、もしかしたら「善意」の一言でまとめられて、今まで自分が苦手意識を持っていた一方的な「ボランティア」と同じなのかもしれないけど、いまは手を動かさないと居ても立っても居られないので、明日も五城目の「ボランティア」に行ってみます。





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